波にさらわれていなくて本当に良かった。
見つからなかったなんて報告したらアイツが拗ねるかもしれないし、今日をいれてまだ三日残っている修学旅行の最中にその話題を引きずられるのも厄介だ。

男はサーフボードを砂浜に置くと、帽子を持ったまま歩みを進めた。
その先には奥さんであろう女と、まだ歩き始めたくらいの幼い子供が敷物に座っている。
そうか、家族で遊びに来ているんだな、と微笑ましい光景に自然と笑みが浮かぶ。

男が奥さんに帽子を手渡そうとしたところで俺が、


「すみません、それ俺のなんです!」


そう声を掛けたら、男はキョトンとした表情でこちらを見た。


「これ、うちのカミさんのなんだけど」
「えっ?……あ、マジすか」


遠目で見たからてっきり同じものかと思ったら、確かに少しデザインが違う。
彼女が見せてくれたものには、小さな造花なんてついてなかったし。

恥かいたうえ失礼なことしちまった、と走り去りたい衝動にかられつつも謝罪をすれば、ニカッと歯を見せて「気にすんな」笑う男。
子供をだっこしている奥さんも上品に笑いかけて来てくれて、なんだか理想の家族像ってこういうのなんだろうなと感じだ。