伊波は暖かな色に照らされながらこちらを見下ろしていた。それも穏やかな笑みを添えて。
思わず駆け寄ってしまいたい衝動に駆られた俺が踏み出す前に、伊波は戻ってきては行けないと言いたげに首を横に振った。
そして声に出すことなく告げたのだ。

“さようなら”

確かに伊波の口元はその五文字を描いていた。
そうだ、さようならしなきゃいけないんだ。またね、じゃなくて、さようなら、を。
こんな時までお前の力を借りないと前に進めないなんて、俺はつくづく情けない男だ。
進むべき方へ向き直り、再び引き摺るような足取りで歩き始める。

……あれ、なんかしょっぱいな。
そんなに汗掻いてないはずなのに。
――ああ、分かった。これは涙の味だ。
なんだよ、結局泣いてるんじゃないか。ダッセーな俺。
あーあ、こりゃホテル着いたら絶対みんなから目が赤いこと突っ込まれるな。


「さようなら、伊波……」


伊波に届かないほど掠れた声で呟く。
俺がこの想いを、水平線の彼方に吹っ飛ばせばへっちゃらだと笑い飛ばせる日は絶対に来ないだろう。