バルコニーからセンジュの部屋に入り、フォルノスを急いで近くのソファーに寝かせた。
フォルノスの愛馬もバルコニーから心配そうに主人を見つめている。

「大丈夫?」

「ああ、さっきより楽になった・・毒を分解し始まったからな」

「治癒の力は使わないの?」

「ああ、この程度なら使わずとも治るだろう。自然に任せる」

「良かった。本当に強いんだねフォルノスの身体って。あ、水飲む?」


センジュが水の瓶を持つとほとんど入ってない事に気づいた。

「あ、そうだった。水こぼしちゃったんだ」

センジュが瓶を眺めているとフォルノスはおもむろにソファーから起き上がった。

「もう行かなくては」

「え!?駄目だよまだ!今着いたばかりでしょ!」

「まだ終わってない。すぐにあの者に尋問しなくては」

「そうかもしれないけど・・そんな身体で・・」


フォルノスはまだ顔が青ざめている。
心配そうに自分を見つめるセンジュを見てフォルノスは感心した。

「お前、強くなったな」

「え?」

「ここへ来た頃は怯えてばかりだったのに。俺に指図するようになった」

「指図じゃなくて心配だよ!フォルノスは強がりだから体調が良くなくても無理しそうだし」

「強がっているのではない。自分の身体の事くらい把握できる」

「もぉ・・辛い時くらい誰かを頼ればいいのに」

理解できないと言わんばかりの不愛想な顔でフォルノスはぼそりと言った。

「俺は昔から1人でいるのは当然の事だった。スラムで運良くベリオルロス様に拾われてこれまで生きてきた。あの方以外の誰かを信用した事など一度もない」

「一度もって・・ていうか、あの街が故郷なの?」

「それがどうした」

「全然そんな感じしないから」

「生まれた場所なだけだ。もっとも幼少期の記憶などないが」

フォルノスの性格上、自分の事をさらけ出すなんて思いもよらない事だ。
センジュからすれば自分に少し心を開いてくれたのだと思って嬉しくなった。


「俺の命はあの方の為にある。拾われたあの日から」

「そっか・・そうだったんだ」

「だが、その為には・・何が何でも生き残らなくてはならない」


魔族同士であっても争いは尽きない。何度も命を狙われ防衛本能がより強くなるのは必然だ。
利用されるなどもっての他だ。
そして宿敵である天界に生きる者達にも屈してはならない。

「今回の件は流石にあの方もご立腹になるだろう。天使が絡んでいるとなると・・」

「そう・・なの?」

「ああ。我らの天敵だからな。最悪の場合、争いが始まる」

「え・・」

「何故お前を狙ったのか。尋問する事は大いにある。だから俺が直々に行かなくてはならない」

「ぁ・・あのっ」


フォルスが背を向けた瞬間、咄嗟にセンジュは腕を掴んだ。
フォルノスは首を傾げている。

「・・どうした?」

「え・・あ!な、なんでも・・」


_ひええっ!?私何してるの!?思わず掴んじゃった!でもなんかまだ行って欲しくない。体だってまだ治ってないのに。


しどろもどろになりながらセンジュは顔を真っ赤に染めた。

「あ、ご、ごめん・・」

「お前、熱でもあるのか?顔が・・」

「な、ない!違う!じゃなくて・・そのっ・・ええと・・」


フォルノスは理解出来ずにきょとんとしていたが、慌てふためくセンジュに笑いがこみ上げた。


「お前は本当に・・いや何でもない」


_あ、また・・フォルノスが笑った。


フォルノスが笑うと心がぱっと開く。
じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
センジュの胸が沸く。


「普段からもっとそうやって笑えばいいのに」

「面白くもないのに笑えるか」

「そうだけどさ・・エレヴォスさんとかいつもニコニコしてるよ」

「あれは・・あいつがおかしい。何を考えているか悟られない様にしている」

「え・・そうなの?」

「策だろうな。あれは」


_そうなの!?私はずっとあの笑顔に癒されてきたよ!?全然嘘に見ない素敵スマイルだと思うんだけどな。


しかめながらエレヴォスの顔を思い出していると、フォルノスの手がセンジュの頬に触れた。


「俺もアイツの様に無駄に笑っていたら、少しは周りの反応が違うのか」

「無駄って!ていうか、フォルノスが!?フフ・・それいいね!皆驚くよ!」


屈託のない笑顔でセンジュは笑った。センジュもフォルノスに対し少し心を許し始めた。
命を張って何度も自分を守ってくれるフォルノスを信頼し始めていた。


「お前にだけでいい」

ドキン

「え」

「笑うのは・・」


目と目が、鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離でフォルノスは小さく呟く。


「お前なら・・俺は_」


ドクドクとセンジュの心臓が高鳴った。


_フォルノスがまた別人みたいに見える。それにフォルノスが近くに寄ると体がビリビリして動けなくなる。
どうしてなんだろ?


いつの間にか互いの小指と小指が絡まり、じんわり熱を帯びている。
肩と肩が少し触れただけでセンジュの心がキュッと掴まれた様に苦しくなった。


_他の人と、何かが違う・・この人だけ。


同じキスでも、何かが違う。
センジュには理解出来るハズもなく体が勝手に反応する。
緊張して固く目をつむった。


_駄目だ・・また体がおかしくなっちゃう。


カタカタと震える肩を見つけ、フォルノスはゆっくりと離れた。
まるで察した様に。

「こんな事してる場合じゃないな」

という言葉に我に返った。

「仕方がない。お前も来るか」

「え?」

「それとももうこのまま休むか?」

「行く!行くよ!フォルノスまだ治ってないのに私だけ眠れないよ」

「そこは気にする必要はない」

「気にする!それに・・私も知りたい天使の事」

「・・いいだろう」