「たっだいまー。」


 大学から家に帰るなり自分の部屋に直行する。

 かばんを枕元に置き、ばふっと効果音がつきそうな感じで着替えもせずベッドにダイブする。

 ポケットからスマホを取り出し、慣れた手付きでゲームを起動する。



 『~~~♪ スイートラブメイカー!』



 聞き慣れたオープニング曲と共に、登場キャラクターのひとりがゲームタイトルを言う。

 スイートラブメイカー、略してスイラメは、3つのアイドルグループから好きなメンバーを選んで育成していく女性向けリズムゲーム。

 ゲーム内のオリジナルストーリーはフルボイスで、個人個人のキャラソンもプレイできる最高のゲームだ。



 二次元のアイドルが大好きな私は、この手のゲームにどっぷりとハマっていた。


 最も難易度の高い設定でもフルコンボは当たり前な領域にまで極めてしまっている。


 もちろん使用しているキャラクターは全て限界まで育成済み。



 推しが決まっている人もいるけれど、私は基本箱推し。


 それぞれの個性が輝くには、グループが必要だと思う。

 比べる相手がいて、競い合ったり支え合ったりすることでキラキラした個性が発揮させると思う。




 推しグループのメンバーが揃った状態でゲームを始めると、選んだキャラクターが画面の中で歌って踊る。




 幸せすぎる。


 永遠にこの時間が続けばいいと思う。







 ―そんな私の幸せな時間を、キラキラと輝く光が遮った。



 「え?何これ。」



 ベッドの周りを丸く囲うように、青白いキラキラが舞う。


 あいにく私はうつ伏せでスマホを横向きにして両手で持っている。

 すぐに身動きは取れなかった。




 だんだんと青白いキラキラが増し、眩しくて目を開けていられなくなる。




 ゲームのキャラクターの歌声が途切れ、通信エラーを示す音楽が聞こえる。







 そして数十秒後、まぶたから透ける強い光がなくなり、ぼんやりと暗くなる。

 これなら目を開けても平気かな。


 恐る恐る目を開けると、景色ががらりと変わっていた。






 当たり前だけど、さっきまでは普通に私の部屋にいた。


 左を向けばちょっとだけ片付いていない机があったし、大好きなアイドル達のグッズがいたるところに設置してあった。



 それなのに今はそれらがない。どういうことだ。


 左側には薄汚れたレンガの壁が一面にあるだけ。

 天井と壁の間にはピンク色のクモの巣のようなものさえある。



 …ピンク色?何故にピンク色??





 「う、うわぁ…!動いた!?」



 反射的に声が聞こえた右側に顔を向ける。


 ライブやテレビ、ゲームの中で見たことのある貴族風の服装をした男が2人と女がひとり。

 髪色は黄緑とピンクと茶色。黄緑の髪なんて蛍光色とでも言えるくらいド派手だ。

 見た目から推測できる年齢は、黄緑髪が30歳前後くらいで、あと2人は50歳は超えてるであろうといった感じ。



 コスプレかな。コスプレだよね。

 超絶巧妙なドッキリだよね。

 仕掛けはまったくわからないけど、非現実的なことでありませんように。



 嫌な予感しかしない中、心を落ち着かせるためにコスプレイヤーさんたちのことはスルーしてスマホに目を戻す。


 通信エラーが出たままの画面をタップし、再接続できるのを待つ。





 しかし何度やってもエラー画面に戻ってしまう。



 こそこそと右側から話す声が聞こえるけれど、全て無視。



 アプリを落としてインターネットに接続できないか思い当たることを全て試す。



 「うそ、でしょ…。」


 「しゃべったぁ!?」



 圏外としか表示されない。


 スイラメで今やっているイベントを、完走できないかもしれない。


 他のゲームだって、まだログインボーナスをもらっていない。

 リリースされてからずっと、1日も欠かさずにログインしてきたのに…。



 「あ、あの…。こんにちは…?」



 え、無理。無理無理無理。


 今やっているのは推しグループのイベントではないといえ、イベントポイントの累計報酬は必ず全てゲットしてきた身としてはこんな現実受け入れられない。


 私の3年近いログイン記録を、こんなとこで終わらせたくない。



 「こんにちは…??言葉、わかりますか…?」



 スマホを推しのイベントが開催している時並に高速タップして現状でもやれることを確認していく。


 やはりインターネットに接続しなくてもやれることはできるみたい。

 音楽と写真が残っているのは大きい。



 「こ、こんにちは!!!」


 「うわぁ!」



 突然の叫び声に近い大声の挨拶をされてスマホを落としてしまう。


 ポスッと枕にスマホが着地した。



 「言葉、わかりますか?」



 右側を見ると、黄緑色の髪をした男が声をかけてきているのだとわかる。


 言葉はわかるけれど、明らかに口の動きと聞こえてくる言葉の音が合っていない。

 吹き替えの映画みたいになっている。



 「わかるなら、返事をしてくれると助かります…。」



 困り顔の黄緑髪がこちらを見ている。

 困っているのはこっちだ。イベントとログボ、どうしよう…。



 とりあえず寝っ転がったまま会話するのは気が引けたため、ベッドに腰掛ける。

 座るだけでじーっと見てくるのは勘弁してほしい。



 「何が起きてるのか教えてください。」



 私が簡潔に伝えたいことを伝えると、3人は1度顔を見合わせてから説明を始めてくれた。