ネイトの胸の上でうつ伏せになるのが、愛し合ったあとの定番スタイル。
 まどろみながら、彼に髪や背中を撫でてもらうのが気持ちいい。

「ねえ、玲奈」
「……なに?」

 またも、声がガラガラ。
 喘ぎすぎて苦しかった呼吸が落ち着いたばかり。
 もう少し待ってほしい。

「アマリニカワイクテコウゴウシクテ、ホレナオシタ、てどういう意味かな?」
「……え?」

 私が聞き返せば、ネイトはもう一度繰り返した。
 
 あまりに可愛くて神々しくて、惚れ直した。

 だと思うんだけど。
 音楽をやっているせいか、彼も耳がいい。
 アクセントや強弱、抑揚、センテンスの区切り方。
 私と日本語を話すうち、ますます正確になってきた。

 どこで、こんな単語を聞いたのかな。
 思いっきり対象を溺愛してるよね。

「ミスター隠岐がミスひかるの画像を見て、つぶやいたんだ」
「……ああ」

 隠岐さんなら言いそう。
 あの人、見た目は戦国武将みたいに凛々しいイケメンで、『武士(もののふ)は恋や愛を語るべからず』みたいなストイックな雰囲気なのに、中身はアモーレだもの。
 何度、多賀見の家で情熱的にひかるちゃんを口説いてるところに出くわしたことか。

 んーと。

「Es war so süß und göttlich, dass ich mich in es verliebt habe」

 で、合ってるかな。
 ネイトの顔を見たら納得したみたい。

「なるほどね……。たしかに僕もそう思うよ」

 え?
 ネイトも、ひかるちゃんの画像を見て思ったの?
 不安に駆られてネイトの顔を見つめたら、タブレットを見せられた。

「っ、!」

 雛祭りで、私が振袖着てヴァイオリンを弾いてる画像。
 お祖母様!
 野点を録画してるの珍しいなと思ったら、ネイトや隠岐さんに見せるためだったとは。
 いつのまに義孫達とアドレス交換したの?
 しかも、さらっと情報漏洩してるし!

 ほ。
 ccはついてない。
 さすがである。
 お祖母様のことだから、流していいか否か判断したうえでのお茶目なんだろうな。

 ……見せたかったけど。
 見せるものでもないと思うけど、お祖母様が見せちゃったなら、仕方ないかな。
 ウン。

「ねえ、玲奈。僕の前で着て欲しいな」
「えー……」

 私、背が高いし顔立ちがハッキリしているせいか、大柄や大胆な構図の着物を仕立てられることが多い。
 友達の披露宴にうっかり着ていったら、悪目立ちしたのよ……。

「駄目かな?」

 う。 
 ネイトが色気ダダ漏れでおねだりしてきた。
 こ、この人はぁ〜……、私が甘えられると弱いの知ってて!
 惚れた弱みで抵抗出来ない。
 着物姿の私を、ネイトに賞賛の目でみつめて欲しいし。

 観念した。

「……わかった。この部屋の中だけなら」
「ありがとう」

 ネイトがちゅ、と私にキスしてくれた。
 ベッドから起き出し、クローゼットからたとう紙で包まれた着物を取り出してきた。

「玲奈のグラン・マにお願いしたら、届けてくれたよ」
 
 仕事早っ!

 ナイティを着て、たとう紙の紐をほどいて着物を広げてみた。
 桜色の、枝垂れ桜の意匠の振袖だった。
 細かな花びらが可憐である。

 朝食のあと、シャワーを浴びた。
 着付け師さんを呼んでもらい、着せてもらう。
 彼の前でくるりと回る。

「どうかな?」

 ネイトが目を細める。

「Es ist meine einzige Kirschblüte
(僕だけの桜だ)」
 
 ひざまづいて、手のひらにキスしてくれた。