かちゃり。
 待ちに待った音がした。

「ネイトお帰りなさい!」
「玲奈、ただいま」

 私が彼の首にしがみつくと、彼が私を抱き上げてくるくる回す。
 ……抱き上げられても天井に頭がぶつからないとか。
 振り回されても足が壁にぶつからないとか。
 このエントランス、大きすぎる。

「ん」

 ネイトが私を抱えあげたまま、キスをしてくる。
 彼を見下ろす形で私達はキスを繰り返す。
 そのまま寝室に運ばれていき、ベッドにおろされた。

「シャワー……」

 私はウットリして、この先を期待しているくせに抵抗してみた。
 様式美というか。ガツガツしていると思われたくない、女心である。

「必要ない。玲奈からソープの匂いがするし」

 ちゅ、ちゅ、とバードキスをしながら、ネイトは手早く私を脱がせていく。

「これから汗をかくし、玲奈は疲れてしまうだろう? 僕があとでしっかり洗うから、君は心配しなくていい」

 ネイトと抱き合うのは嬉しい。
 けれど遠距離実質婚のせいか、逢瀬が激しい。
 大歓迎なんだけど、次の日仕事だとつらい。

 以前、サプライズで帰ってきてくれたときは、私がイベントで忙しくて、かまってあげられなかった。
 反省したネイトは、私と上司(と見せかけて、実はセキュリティスタッフ)にスケジュールを伝えてくれるようになった。
 今回は、日本の金土日に合わせて帰ってきてくれるので、たっぷり愛し合える。

「……じゃあ、いいかな」

 私は体の主導権を手放した。

 
 〜〜♪

 ピアノの生音。
 耳が拾った音に刺激されて、意識が浮上した。
 反射的にベッドを探ると、まだ温かい。
 ネイトが置いてくれたナイティを羽織る。

「いつでも花嫁を抱きたいから」

 微笑みながらプレゼントしてくれたものは、どれもウエディングドレスのように繊細なレースがあしらわれている。
 肌触りのよいシルクのショートスリップの上に、総レースのガウンを羽織った。

「おはよ」

 声がガラガラ。

「起こしてしまったな」

 言いながら、ネイトは片手でピアノを弾きながら片手で私を手招きした。
 詰めてくれたので、ネイトにぴったりと身を寄せて椅子に座る。
 
 ペントハウスとなったエクセレント・スイートは床材や壁、天井を強固に改築したので、リビングにグランドピアノが置けるようになった。
 防音効果も第一級になっているので、私とネイトがセッションしても気兼ねなく音を出せる。

 相変わらずネイトは片手で弾きながら、ピアノの上にあったカップを取り上げ口に含んだ。
 カップをピアノの上に戻すと、私のあごに手を添えて口移しで流しこんでくれる。
 ほのかにクランベリーの味がした。
「コンブーハー」と呼ばれる、ドイツでは定番の飲み物だ。
 飲み下すときに、微炭酸が喉に心地いい。

 片手で私を抱き寄せながら、ネイトは私にも演奏に参加するよう促してくる。
 私が右手で有名なミュージカル映画のテーマ曲を弾けば、左手でネイトがアレンジしてくれる。

 レースを避けながら、ちゅ、ちゅ、と耳や首筋、肩に触れてくるネイトの唇。
 セッションに集中できなくなってくる。
 すると、
「Konzentration(集中)」
 と言われ、歯を立てられた。

 あん。

 私は我慢出来なくて、ネイトの顔を両手ではさみ、彼の口の中に舌をねじこんだ。
 ネイトは微笑みながら、私を横抱きにしてベッドに連れ戻した。