「んー。おきたかしら?」

「ああマリアンヌ。大丈夫?」

 あ、うーん、とあたしが声を漏らしたのを見て二人がそうあたしを覗き込んでいるのが見える。

 薄目、開けてみて、だけどね?


 っていうかあたし、生きてる?

 どういうこと……?


 あの時助けてくれたのはマリアンヌだった。右手だけだったけど、確信持てた。

 それに、この溢れてくる記憶は……。


「お母様、レティーナ様」

 あたしはどうやらソファーの上で寝かされていたらしい。身体を起こしてそうお二人に声をかけた。

「ああマリアンヌ。良かった……良かった……」

 そうあたしに抱きついて頬擦りするお母様。って、やっぱりあたし、人間になってる?

「オッドアイは猫の時のまま、ですね。ねえマリアンヌ様、あなたどこまで記憶がありますか?」

「ありがとうございますレティーナ様。わたくし猫になってしまって……。貴女が頭に触ったところまでは覚えていますわ」

「記憶はあるようですね……。では、もう一つだけ質問させてください。貴女は『誰』ですか?」

「わたくしは……」



 誰……、か。

 どう答えればいいんだろう?

 今のあたしには実はマリアンヌだった頃の記憶も、当時どんな風に感じて過ごしてきたかの感情の記憶までちゃんとある。

 起きた時、心の中にそんな記憶、感情が溢れてきて。

 お母様やレティーナ様とも自然に会話はできていると思うけど……。


 それでも、あたしの自意識は茉莉花のまま、なのだ。

 どうして? マリアンヌ。

 どうしてあたしを助けたの?

(だって、あなたはわたくし、なんですもの)

 そんな気持ちがふんわり心の中にあらわれる。これ、マリアンヌ?

(そうですよー。わたくしはマリアンヌだった心)

 ああ、マリアンヌ、あなたもちゃんと助かってた。

 あたしが助かってたあなたが消えちゃったんだとしたら、そんなの凄く嫌だったから……。うれしい……。

(わたくしもうれしいです。あなたはわたくしと(レイス)を同じくする存在。そんなあなたと出会えてこうしておはなしまでできるなんて)

 はう。レイス?

((レイス)とは人が人であるための根源です。あなたとわたくしは同じ根源を持っている存在。そう感じますわ)

 みーこも?

(そうですね。あの子もそう。あの子の自意識? は、あなたに融合してしまってるみたいですけど)

 ああ、うん、なんとなくわかる。

 あたし、猫だった記憶の方がマリアンヌの記憶よりも深くにあるよ。

 っていうかあたしが融合したことで猫の記憶が言語化された、っていうのが正解なのかもね?


 あたし、沈黙したまま心の中でそんな会話を続けてて。

 お母様が先に、焦れた?

 あたしの肩を掴んで瞳をじっと見つめて。

「マリアンヌ。貴女はマリアンヌよね? 左眼が金緑になってしまっても心はマリアンヌでしょ? そうって言って!」

 そんな、泣き出しそうな顔、で。

「ああ、ごめんなさいお母様。わたくしはマリアンヌ、です。ちょこっとだけ前とは違うかもしれませんけれど、それでもマリアンヌ、ですわ」

 そう、あたしはマリアンヌ。で、いいよね?

(ええ。わたくしもあなたも。同じわたくし、ですわ)

 あは。

 頑張ってマリアンヌやってく、かな。

(よろしくお願いしますね)

 こちらこそよろしくね。


「ああ良かったマリアンヌ」

 お母様がもう一度、あたしに抱きついてそう言った。