「結希、大丈夫か?」
父の声で、私は我に返った。
「うん、大丈夫…。」
私のことを心配そうに見つめる父の顔は、少しやつれたようだった。
無理もない。
仕事と並行して、病気の母の面倒も見ていたのだから。
母の死因は、癌だった。
末期の、すい臓がん。
私が1人暮らしをはじめ、父と母は2人暮らしだった。
仕事に追われていた父は、母の異変に気づくことができなかった。
結果、癌の発見が遅れ、医師に見せた時には、もう手遅れだったそうだ。
……前にも、似たような話を聞いた気がする。
母は余命1ヶ月を宣告され、治療する間もなく、3日前に旅立った。
父はその翌日に、私に連絡をよこし、私は母の葬儀に参加するため、昨日、実家に帰省した。
お通夜には、予想していたよりたくさんの人が訪れていた。
母の高校の同級生や、父の会社での同僚。
皆、一様に沈痛な面持ちで、目に涙を浮かべて、焼香をあげて手を合わす。
私は1人、そんな人たちを見つめながら、ぼんやり考えていた。
母が死んだ。
まだ、そのことについて理解できない。
理解したくないのかもしれない。
母が死んだ。
悲しいのか。
もはや、悲しいという感情さえも無いのか。
母が死んだ。
なんで死んだ?
末期のすい臓がんだったから?
母が死んだ。
もっと早くに癌が発見されていれば、母は死なずにすんだのか。
つまり、全ては母の異変に気づけなかった、父が悪いのか。
母が死んだ。
そんなわけない。
父は仕事に追われていた。忙しかった。
母が死んだ。
ならば、誰が悪い?
誰も悪くないなんて、そんなこと、分かっている。
頭では理解している。
でも、分かりたくない。
理解したくない。
母が亡くなったことが、どうしようもないことだったなんて。
仕方のないことだったなんて、そんなの嫌だ。
間違っている。

