【side 牙玖】
かわいそうな桜…
俺に騙されてることも知らないで、俺のことを信じきっている。
『わたしのこと、嫌いにならないで…っ』
瞳いっぱいに涙を溜めて、俺の服を必死に握る桜を思い出す。
まだ腕に残る、桜の温もり。
あまりの可愛さに、あの場で押し倒してしまうかと思った…あぁ、動画に収めたかったなぁ。
思い出すだけで、息が荒くなってしまう。
かわいいかわいい、俺だけの桜。
あと3週間で完全に、俺のものになる。
俺はもう、10年以上この時を待っていたんだ。
それなのに…
「あのクソババア…こんな時期に余所者なんて入れて…」
誰もいないことがわかっているので、舌打ちをして下唇をきつく噛んだ。
悪いけれど、これは少し、強行突破に踏み込む必要がある。
後たったの、3週間だというのに…
先ほどの、野蛮な男を思い出す。
桜が、俺以外の男を名前で呼ぶなんて…
予想だにしない余所者の出現に、俺は血が出るほど拳を握りしめた。
とりあえず、俺は体調が悪いということになっているから、先に帰って"準備"をしておくよ。
たくさん俺の心配をしてから、ゆっくり帰っておいで、桜子。
「一足早く、同棲の始まりだ…」
ーーーお前は誰にも、渡しはしない。
【side牙玖 END】