「どうした琴葉? 今日はさっぱりじゃないか?」

大学についた私は、ピアノの前でうなだれていた。

「もしかして、また“死の旋律”が?」

真っ白なノーカラーシャツを着こなし、教授の中でも若い30代半ばの石黒教授は、片眼鏡の奥から鋭い眼光をのぞかせる。

「いえ、疲れているだけです…」

私はピアノチェアから腰をあげ、フラフラと部屋の隅に腰を下ろすと、ペットボトルの水を飲んだ。

頭が痛い。常に細い金属音のような雑音が聞こえ、人の話すらまともに聞けない。

「しっかりしろよ。明日は本番だぞ?」

石黒教授はため息をつく。物憂げな表情は、若い頃から女の子に困らなかったんだろうと想像がついた。

「打ち合わせは?」

「練習通りだ。課題曲を完璧に弾け。大丈夫。琴葉ならまず負けない」