……違う。

私は家族との思い出を、こんな音にしたかったわけじゃない。

例え二人がもう二度と戻ってこなくても、

それがどんなに辛い過去であっても、

私は、二人が今でも大好きなんだ。

産んでくれてありがとう、って、育ててくれてありがとう、って、わがままを聞いてくれてありがとうって、心から思ってる。

だからお願い。

もうこんな音を奏でないで。

大好きな人との思い出を、めちゃくちゃにしないで。

演奏が完全に止まる。鍵盤にもたれかかり、頭を深く下げる。

強く、心で願った。

何度も、何度も。

すると、今まで雑音でしかなかった死の旋律に、少しずつメロディが生まれ始めた。

それはまるで、灰色の雨雲が晴れ、鮮やかな虹がかかるようだった。

なんて、美しい音色だろう。

「琴葉…」
「琴葉ちゃん…?」

勢いよく、カツラとメガネを外す。

今は月子じゃない、美月琴葉として奏でたい。

自然と、指が動き出した。

その瞬間は、頭が真っ白になるほど夢中だった。新しい音楽の誕生に、ピアニストとしての自分を抑えきれなかった。