ペコには、大きなグランドピアノがある。

普通のカフェには、こんな立派なピアノはなかなかないだろう。

せっかくピアノから逃れてここにきたのに、仕事をしているちょっとした隙間に、このピアノは私に何かを語りかけている気がした。

何となく、それが鬱陶しかった。そんなとき、慧さんがペコに現れた。

「慧、よく来てくれましたね」

「別に。勉強の空き時間ができただけだ」

慧さんはメガネをクイッと直し、ピアノの前に座る。ペコにいたお客さんは、待ってましたという顔で慧さんを見つめる。

「麗於さん、あのピアノって?」

「ペコの名物のひとつです。週に何回か、不定期で弾ける方に演奏を頼んでいるんです。もっとも最近では、ほんとんど慧が弾いていますが」

ピアノの近くのカレンダーには、その日の演奏者の名前が書いてあった。

なんとなく過去のを見ると、二ヶ月前に『楠影蓮』とい名前もある。