『策士に気づいた7日目』

 いやあ、俺、驚いたね。一驚に喫するってまさにこのこと。
 何にそこまで驚いたかというと、燈子さん。

 昨日、キョンに火傷を負わせちゃって、『メロディ』に送り届けた時はマジだったのよ、燈子さんのビンタ。

 もうね、血相変えちゃって、柳眉を逆立てるってやつ? 美人がまともに怒るとめっちゃ怖いのね。アンタ、響子に何してくれてんのよ、バチコーンってぐあい。

 それがさ、一夜明けた今日、キョンちゃんと体育倉庫で過ごした今日よ。
 出勤したときは、プンプンだったの。
 あれ? ちょっと怒り方が違うなとは、ちょっと思ったんだけど、まさかね。

 キョンが着替えを済まして、占いの小部屋に入った途端よ。

 燈子さんが、
「たすく君、私に怒られてるフリしなさい」
って、耳打ちしてきたのは。

 呆気にとられたね。まさかまさかの発言でしょ。いくら俺でも、ぽけーっとなっちゃうわな、そんなこと言われたら。

「あの子ね、人が謝る姿に弱いの。誠意にぐっときちゃう子なのよ」だってさ。それから、「何度も私に頭を下げなさい」って付け足して。

 もちろん、燈子さんにそう言われなくても、何度でも頭を下げる気でいたけれど。

 目を細めて口端を吊り上げるわけよ、あの清楚な顔で。
「そうすれば、あの子、たすく君に好意を持つわよ」って言うの。

 そういうの、キョンちゃん騙してることになるんじゃないのって思ったけど、言わなかった。というか、言えなかった。

 だって燈子さん、俺が断れないオーラだしまくりなんだもん。カウンター越しに、刺すように俺を見つめてるわけ。

 俺、ぞぞっとしたね。こんなお人が俺の義理のお姉さんになるのかって思ったら。

 燈子さん、想像以上の策士。
 この人を敵に回したら、俺、生きていけないんじゃないのって思っちゃったくらい。

 世の中には、こんなにおっかない人がいるもんだねえ。

 貴史ちゃんに同情しちゃったな、俺。
          
         了