確かに、名字呼びよりもそっちの方が親近感は湧くかもしれない。


「じゃあ呼んでみて?」


厚彦に言われて梓は「嫌だよ。言いだしっぺからどうぞ」と、言い返した。


正直、男子を下の名前で呼んだことはほとんどない。


名字か、あだ名ばかりだ。


「いいよ。梓」


スラリと言ってのけた厚彦に思わずうつむく梓。


(しまった。下の名前で呼ばれたこともほとんどないんだった)


「顔、真っ赤だけどどうかした?」


厚彦は本気で心配している。


「別に平気」


「じゃあ、次は梓の番」


一度下の名前で呼んでしまったから、もう緊張も消えたのだろう。


厚彦は自然と呼び捨てにしていた。


「えっと……あ、あ、厚彦」


緊張でジットリと手のひらに汗がにじむ。


厚彦の顔を正面から見ることもできずに、ずっとうつむいていた。