「あっ、そうだ」


教室の前に歩み出る愛海が、振り返った。


「氷、とか言ったら怒るよね?」


「氷!?」


思わず声が険しくなる。


【こ】から始まるもので『氷』だという。どこか冷蔵庫を探せば見つかるかもしれない。


また【り】で終わらせるつもり!?


「そんな怖い顔しないでよ。冗談だって、冗談!」


そう言って笑うけど、とても冗談には聞こえなかった。


でももう愛海は【こ】から始まるものを見つけてあるという。


「私が見つけたのは、これ!」


バンっ!と『黒板』を叩く。


えっ、それはダメなんじゃ…?


私の心配は的中した。


「こくばん!」


「ちょっと愛海、それじゃ【ん】がつくよ」


「あっ、ミスった!」


わざとらしく舌を出す。


『松田愛海、失格!』


言い直す暇もなく、失格が告げられる。


けれど愛海は驚くでもなく、悲壮感も感じられない。


それどころか、目が鋭くなった気が__。


いつものように辺りが暗闇に包まれても、愛海が騒ぎ立てることはなかった。


その時、私は気づいたんだ。


愛海はわざと失敗した。


でも一体、どうして?