綾川くんが君臨する


置いてあったプリントがふわっと宙に浮いた。

それが床に落っこちていく様子を視界の隅に捉えながらも、意識はスッと綾川くんに奪われる。


前のめりの体勢で見下ろすわたしと。
そんなわたしを、じっと見上げる綾川くん。

吐息が触れそう……な、距離。

教室のざわめきが遠のいていく。


プリントがばらばらと床に散らばるまで、時間が引き延ばされたみたいに、すべてがスローモーションに映った。


「びっくりした」


ほとんど唇を動かさずに綾川くんがそう言った。


「心臓にわるいことしないで黒鐘」


………な。

何を抜かすの。

今のはリカちゃんに背中を押されたことによる不可抗力だし。

そもそも、綾川くんが“その足で直接おれのところに来い”って言ったんでしょ。


そう突っ込む裏で、鼓動がさらに早まる気配がする。

だめだよ。引きずり込まれる前に離れないと。


「ご、めんね、プリントすぐ拾うので」


まずは体勢を整えようと身を引いた瞬間。わたしの手に、綾川くんの手が重なった。