低く落ち着いた声が、暗闇の中にどこまでも甘く溶ける。

隠された危うさには気づかないまま、毒が回るように思考が鈍っていくのがわかった。

心臓が痛いほど圧迫されて、呼吸さえままならない。


そんなわたしに残された最終手段は……


「……えっと、なんのこと?」

─────“とぼける”。


ぽかんとした顔と声をつくった。つもり。
だけど、目はすぐに泳いで、声は少し震えてしまった。

綾川くんの視線がじっと絡みつくのを感じる。


「ふうん、わかんないか」

「う、ん、……なんのことだか」

「さっき俺たちが教室でしたこと、お前はもう忘れたんだ」

「………」


まーいいや、と綾川くんがけだるい息を吐いた。


「忘れたなら、思い出させてやらないとね」


息がかかりそうなほど近い。くらくらする。

その距離に抗おうととっさに体を引くけど、壁に背中が当たって逃げ場を失った。