クリストファーを懐妊中の王妃が乳母を探していたら、同時期に出産予定の我が家のメイドはどうですかと、エンベリー卿が推薦してきたのだ。

乳母の務めを終えたマリアはエンベリー卿の屋敷に戻ったが、一年ほどで退職して実家に帰ったという話をクリストファーは聞かされていた。

マリアは目を細める。

「母に預けた我が子の世話がありますので帰ることにしたんです。その子は後に病気で亡くなってしまいましたが……」

「そうか、気の毒に。マリアの実家はどこにある?」

「ザセブにございます」

その町の名を聞いたクリストファーは、眉を寄せた。

アリンガム王国の北側は高い山脈が伸びて隣国との国境になっている。

その山裾にあるのがザセブだ。

通称、罪人の町。

軽犯罪者や政治犯、その家族がそこへ送られる。

辺境伯領内にあり、冷酷と噂される領主に厳しく管理され、夢も希望もない町である。

乳母の身内に犯罪者がいたのかとクリストファーが訝しんだら、ノックの音がしてオズワルドが入ってきた。

その後ろにワゴンを押したメイドもいる。

メイドはテーブルに紅茶と焼き菓子をふたり分並べると、一礼して下がる。