「私の顔をお忘れでしょうか? 五歳までこの手でお育てしましたのに」

クリストファーはあっと声を上げた。

「マリアか! 懐かしいな」

マリアはクリストファーの乳母だ。

幼児期までは母親より長い時間をマリアの側で過ごし、今でもその顔をなんとなく覚えていた。

クリストファーが六歳の誕生日に契約満了で王城を去り、幼い彼は寂しくて、随分泣いた記憶がある。

再会に喜んだクリストファーはオズワルドに命じる。

「休憩を取る。俺の部屋にお茶の用意を。マリアの分もだ」

「かしこまりました……」

不服そうな顔をしつつも、オズワルドは厨房の方へと歩き去った。

クリストファーはマリアを私室へと連れて行った。

藍色のふたり掛けソファに彼女を座らせ、テーブルを挟んだ向かいのひとり掛けに腰を下ろす。

「元気にしていた? エンベリー卿の屋敷に手紙を送ったことがあったんだが、マリアは退職したと返事が来た。どうしているのかと気になっていたんだ」

エンベリー卿は王家の遠縁にあたる貴族。