そこへ、仕事を終えた父が迎えに来てくれた。

「レイナ! 帰るよ」

「あ、お父さん!」

私は、立ち上がって、父に向かって大きく手を振る。

「レイナ、遊んでもらってたのかい?」

「うん! お友達になったの。アウリスよ」

私は、無邪気に父にアウリスを紹介するが、父の表情が一変した。

「アウリス様! 申し訳ありません。
 年端(としは)が行かぬとは申せ、娘が失礼を致しました」

父は、私の手を引いてその背中に隠すと、アウリスに向かって、深々と頭を下げた。

「失礼なんてされてないよ、エルノ。
 レイナは、退屈していた僕と遊んでくれてたんだ。
 お礼を言いたいくらいだよ。
 ね? レイナ」

アウリスは、私に向かって微笑んだ。

「うん!」

無邪気に答える私を、父が(たしな)める。

「こら! レイナ!
 この方は、アウリス王子。
 次期国王陛下だぞ」

それを聞いて、私は首を傾げる。

「アウリスって王子さまなの?
 でも、絵本の王子様は、頭に金色の冠を乗せてたわよ?
 アウリスは被らないの?」

「こらっ!」
「あはははははっ」

焦って声を荒げる父とは対照的に、明るく楽しそうな笑い声をあげるアウリス。

「そうだよな。レイナの言う通りだ。
 エルノ、僕は今、冠を被っていない。
 王子としての務めを果たしていないんだ。
 だから、今の僕は、王子じゃなくて、ただのアウリスなんだよ」

そして、アウリスは父の背中に隠れる私に向かって言う。

「だから、レイナ、君は、ずっとそのままでいいんだよ。
 君は永遠に僕を名前で呼べるただ1人の女性になるんだから。
 さっきの約束、忘れちゃダメだからね?」

「うん!」

私はにっこり笑って頷いた。

 苦笑いをする父に手を引かれて、私は、一緒に連れてきた竜の(もと)へと連れて行かれる。鞍から下された縄梯子を掴んだ父に抱き抱えられ、私は竜の背に跨がった。

「レイナ、またね!」

下で手を振るアウリスに私も手を振って応える。

「アウリス、またね。バイバイ」

「こら!」

後ろの父に頭を小突かれる。

「王子、失礼を致しました。
 では、また」

 父は、手綱をしっかりと握ると、音の出ない竜笛を鳴らした。竜は畳んでいた翼をゆっくりと広げ、バサッと振り下ろす。その瞬間、体がふわりと舞い上がった。バサッ、バサッと3回ほど大きく羽ばたくと、竜は上空、雲の高さへと達する。眼下に、大きな湖の真ん中に浮かぶ美しい城を眺めつつ、そのまま竜は上昇気流を捕まえて、羽ばたくことなく静かに翼を広げて滑空する。