母を幼くして亡くした私は、いつも父にくっついていた。それは、仕事中も同じで、いつも「危ない!」と注意されながらも、チョロチョロと父の周り、つまり、竜の周りを駆け回っていた。

 竜の飼育は、基本的には、この竜の谷で行う。竜はメスが卵を温め、オスが餌を運ぶので、この谷では、産卵期は人がオスに餌となるエドヴァルド・スプルスの球果(きゅうか)を与え、オスはそれをメスに与える。この姿は見ていてなかなかに微笑ましい。

 私はそんな竜と共に育ち、父が遠くの町へ竜を届けに行く時には、一緒について行く。


 私が5歳の時、父は王城へ竜を届けに行った。

 湖の中に浮かぶようにそびえる大きな城。島の周囲の水辺から城壁がそびえ、船では島に取り付くこともできない。けれど、竜ならば空から易々(やすやす)と城の中に降り立つことができる。紺碧の空をそのまま写したような穏やかな湖。その中にたたずむ白い石造りの大きな城。空から眺めるその姿は、息を呑むほど、美しかった。

「お父さん、あれが今日行くお城なの?」

5歳の私は、私を抱えるように竜の背に乗る父に尋ねる。

「ああ、エドヴァルド城だ。
 このエドヴァルド王国で1番大きくて、
 1番美しい城だよ」

父は胸に下げた竜笛(りゅうぶえ)(くわ)えると私の脇を両腕でぎゅっと締め付けるように挟んで手綱を握り直した。

「さぁ、降りるから、しっかり掴まってろよ」

私は、自分が座る鞍の(へり)をぎゅっと握る。

 父が、人には聞こえない竜笛(りゅうぶえ)を鳴らすと、竜は、上昇気流に乗るため大きく広げていた翼の角度を変え、緩やかに旋回するように、城の中庭へと降り立つ。後ろを飛んでいたもう一頭の竜も、同じように旋回して、隣へと降り立った。

 翼を畳んで地面に伏せた竜の背から、父は、私を脇に抱えて、鞍から下ろした縄ばしごを伝い、中庭へと降り立った。

 父が竜の飼育環境を確認し、説明をしている間、私は広い中庭で1人で遊ぶ。短い夏を謳歌するように咲き誇る花々を眺めて、気付けば、母と歌った懐かしい歌を口ずさんでいた。

「春の日差しがせせらぎを作る
 夏のせせらぎが野山を作る
 秋の野山が大地を作る
 冬の大地が未来を作る」

すると、後ろから声が聞こえた。

「それは、竜の谷に伝わる歌?」

私が驚いて振り返ると、そこには少し年上の男の子が立っていた。

 アッシュブロンドの髪は、緩くカールして柔らかそうに見える。ふわりと軽いショートヘアが爽やかな風に揺れた。優しげなグリーンアイに覗き込まれると、なんだか恥ずかしくて、私はもじもじと下を向いてしまった。

「君、竜使いのエルノの子だろ?
 その髪、触っていい?」

えっ?

驚く私が後ずさる間もなく、彼は長い私の髪を1束手に取った。

「綺麗な髪だね。エルノとは似てないけど、
 お母さんがこの色なの?」

私はこくんと頷いた。

 私の父は黄色っぽいバターブロンドだけど、亡くなった母は白っぽいプラチナブロンド。私は母と同じプラチナブロンドのストレートヘアを腰まで伸ばしていた。

「目はエルノと一緒だね。だから、すぐ、君が
 エルノの子だって分かった。
 綺麗なブルーアイだ」

そう言って屈んで私の目を覗き込むので、困ってしまう。逃げたいけど、逃げることも出来ずに、ただ無言でその場に立ち尽くしていた。