その日の午後3時、片手しか使えない私が早めに夕飯の支度を始めようとしていたら、マリッカおばさんがやってきた。

「レイナ! 怪我したんだって!?」

賑やかで世話好きなマリッカおばさんらしい大きな声。

「うん。でも、大したことないの。
 ちょっと不便だけどね」

私が出迎えると、マリッカおばさんは大きな袋を抱えて入ってきた。

「その手じゃ、料理も大変だろうと思ってさ」

そう言って、おばさんが袋から取り出したのは、たくさんの野菜。

「あとは私がやるから、レイナは座っといで」

そう言うと、マリッカおばさんは野菜を手慣れた様子で刻んでいく。

「マリッカおばさんは、なんで私のけがの事、知ってるの?」

「そりゃ、今朝、エルノが言いに来たからさ。
 レイナが大変だから、手伝ってくれって」

お父さん……

「あんたが初めて手塩に掛けて育てた竜を売っちまったことを、えらく悔やんでたよ。
 あれが翡翠色の竜じゃなけりゃ、手元に残してやれたのにって。
 エルノにしてみりゃ、レイナも年頃だし、そろそろ婿でもって思ったんだろうけどさ」

「えっ?」

今、なんて……

「レイナだって、もう18だろ。そろそろ、そういう話が出たって不思議じゃない。
 セシリアだって、19でエルノのとこへ嫁に来たんだから」

セリシアは、私の母。確かに、19歳でお父さんと結婚したらしいけど……

「でも、私にはそんな人いないわ」

私がそう言うと、マリッカおばさんは豪快に笑った。

「はっはっはっ!
 そんなの人の気持ちなんて、どうなるか分かったもんじゃない。
 今日いないからって、明日いないとは限らないだろ?」

「そう……だけど……」

でも、アウリスとはどうにもならない以上、私が他の誰かと結婚することはない。

「エルノは、レイナが心配なのさ。
 今、もし、エルノに何かあったら、レイナは天涯孤独になっちまう。そうなる前に、レイナには跡取りになる婿をとって欲しいのさ」

「えっ?」

私が驚いて声を上げると、マリッカおばさんも、驚いたように振り返った。

「レイナ、あんた、まさか、エルノを置いて嫁に行く気でいたのかい?」

考えたこともなかった。

お父さんは、私に跡を継いで欲しいとも、婿をとって欲しいとも言ったことはない。ただ、私がお父さんの手伝いをしてるうちに、私が竜使いになりたくて、なっただけだ。そもそも、結婚だって、アウリスとの淡い約束以外、考えたこともない。