私は、そのまま、オスのイーロの所へ向かい、その背に跨がる。

「アウリス、さようなら」

上から声を掛けて、私は竜笛を鳴らした。

「レイナ!」

アウリスは、何か叫んでいたけど、イーロの羽ばたきの音で何も聞こえない。

これでいいの。

私は自分に言い聞かせて、上空へと舞い上がる。

イーロは上昇気流を捕まえて、竜の谷まで滑るように風を切って穏やかに飛ぶ。

穏やかでないのは、私の心だけ。

手塩にかけて育てたキーラと離れるのは辛いと思ってた。

寂しくて泣いたらどうしようって思ってた。

だけど、今、私の心にあるのは、アウリスのことだけ。


子供の頃、一度遊んだだけの少年。

それなのに、どうしてこんなに私の心を掴んで離さないんだろう。

アウリスが王子様じゃなければ、良かったのに。

オルヴォやペルッティみたいに、竜の谷に住む普通の農夫なら、喜んで結婚したのに。

私は、誰も見ていない空の真ん中で、誰にはばかることなく、嗚咽を漏らして泣いた。

イーロは、何も気付かぬ様子で、ただひたすらに竜の谷を目指す。



 帰郷後、私は、イーロに餌のエドヴァルド・スプルスの球果をあげ、労をねぎらうと、家に入り、テーブルに今日受け取った代金の袋をポンと置く。

「お父さん、今日は疲れたから、もう寝るね。
 おやすみ」

父に声を掛けて、部屋へ行こうとすると、父が心配そうに声を掛ける。

「大丈夫。
 キーラは大切に可愛がってもらえるさ」

「……うん」

私は、部屋に入り、ベッドに突っ伏した。



キーラと離れるより辛いことがあるなんて思わなかった。