レオンティーナの表情がおかしかったのか、彼は笑った。その笑みは、なんの邪気も感じられないものだった。

「それと、母上が悪かったな。殴られるなんて初めてだろう」
「……ええ、でも。たいしたことないから大丈夫です」

 ハルディール夫人の一撃は確かに痛かったけれど、痛みを覚えたのはあの時だけ。こぶになっているわけでもないし問題ない。
 レオンティーナの様子を見ながら、アンドレサスは続けた。

「俺は、お前に感謝しているんだ。レオンティーナ。泥まみれになって、領民のために働くお前を目の当たりしなかったら、俺もこの地に愛着を持たなかったかもしれない。それに、母上を守ろうという気にもならなかっただろうからな。だから――機会があれば、この借りを返すと誓おう」
「……殿下」

 アンドレアスは、それ以上レオンティーナに口を開かせようとはしなかった。入ってきた時同様、音もなく静かに部屋を出ていく。

「君は、俺達兄妹をどんどん変えてしまうんだな」

 ヴィルヘルムの肩に、頭をのせる。またひとつ、未来を変えることができたのだろう。