「どうした。
 今日は遅いじゃないか」

 会社のロビーに入ると、自動販売機の前にいた水橋が笑って、そう言ってきた。

 いや、すぐに折り返してきたら、ロビーでひなとに会ったりして、ええっ? という事態になりそうだったので、ちょっと時間を置いて戻ってきたのだ。

「まあ、重役出勤でもいいか。
 お前、部長サマだからな」
と何処も部長サマだとは思ってなさそうな口調で水橋は言う。

 ポンと肩に置かれた手を払いながら、柚月は言った。

「部長、重役じゃないだろ。
 それに、俺はただの操り人形だ」

 やる気と実績のある若手も登用してますよ、というアピールのために部長職を与えられたが。

 実際のところ、前の部長や課長たちが定年後も嘱託社員として残っていて、後ろに顧問のように控えている。

 助かることもあるが、ちょっと操り人形っぽくもあった。

 そう水橋に言うと、
「いやいや、お前は操ってるやつを引きずって歩いてそうだぞ」
と言って、笑う。

「そのうち、こいつ、めんどくさいなーと思われて、糸を放されるよ。
 じゃ、お疲れー」
と言って行ってしまった。