転生令嬢はご隠居生活を送りたい! 王太子殿下との婚約はご遠慮させていただきたく

 トトト……と小走りに、ルルはその円の中央に向かう。ふわっと風が起こったような気がした。

(――これは)

 その風に誘われるように、アイリーシャは一歩前に出た。
 そして、もう一歩。

「アイリーシャ!」

 エドアルトが声をかける。肩越しに一度彼の方を振り返ったけれど、足は止まらなかった。
 風がやんだかと思うと、床の魔法円が激しい光を放つ。
 あまりにもまぶしくて、思わず目を閉じた。

「……リーシャ……アイリーシャ……」

 名を呼ばれ、ゆっくりと目を開く。

「――誰?」
「誰って、失礼……ルルなのに」

 ルルが座っていた場所に、同じ姿勢で座っていたのは、黒く大きな犬だった。
 きちんと座った姿勢だけれど、頭の位置がアイリーシャと同じくらいだ。これを犬と言っていいのだろうか。
 先ほどまではチワワほどのサイズだったルルにつけていた首輪は、彼の前足にはまっている。

「だって、ルルは、こんなに大きくなかった!」
「ひどぉい!」

 アイリーシャの言葉に"ルル"はぷくりと膨れる。表情が実にわかりやすい。抗議のつもりなのか、ふさふさとした尾がばんばんと床をたたいている。