あの時そうしなかったら、アイリーシャもあの男の子も助からなかった。あの時、本来使えないはずの魔術を行使したことは後悔していない。

「あなたが優秀過ぎるのがいけないのよね」

 ルルは、黙ってアイリーシャの目をのぞきこんできた。そう言えば、ルルが吠えるのは、ほとんどない。
 例外は、昏睡状態に陥った人を発見した時だけ。

「ちゃんとわかっているのよね、おりこうさん」

 それにしても、と部屋を見回す。
 先日、ミカルに言われたことにも衝撃を受けたけれど――周囲の人達にこそこそと言われるのにうんざりしてしまった。
 昔、神様直々に伝授してもらった"隠密"が、こういう風に役立つ日が来るとは思ってもいなかった。
 スキルを全力で発動すれば、人目につかずに移動することができる。

(だって、ルルを取り上げようとするんだもの。ルルは悪魔じゃないのに)

 公爵家の中にいれば、誰もルルを取り上げようとする人なんていない。けれど、外に出ればまた話は変わってくるのだ。
 アイリーシャからルルを取り上げようとする若い貴族の手をぴしゃりと叩き、ルルを連れて逃げたこともある。