転生令嬢はご隠居生活を送りたい! 王太子殿下との婚約はご遠慮させていただきたく

「殿下と一緒にいるのも図々しいわ。身の程をわきまえなさいよね」
「身の程って――!」
「悪魔を飼っているくせに」
「そんなことない!」

 思わず手を振り上げかけ――けれど、アイリーシャはその手をおろした。ここで暴力をふるっても何にもならない。
 ぐっと手を握りしめていたけれど、周囲の空気が変わっていたのに気がついた。
 アイリーシャの肩越しに、何かを見ているヴァレリアの顔が引きつっている。

「アイリーシャ、忘れ物だ」

 背後から声をかけられ、アイリーシャはそちらを振り返った。
 そこに立っていたエドアルトの手にあるのは、返しに来た本を包んでいたシルクだ。わざわざ、追いかけて来てくれたらしい。

「で、殿下……」

 いきなりのエドアルトの登場に、ヴァレリアは言葉を失ってしまったようだった。
 エドアルトは、ヴァレリアや、彼女を囲む娘達がまったく目に入っていないかのようにアイリーシャの前に回り込む。

「忘れ物だと言った」
「あ、はい……ありがとう、ございます」

 布を渡された時、一瞬手が触れ合う。その一瞬の熱に、凍り付いていた気持ちが一気にとけたような気がした。