転生令嬢はご隠居生活を送りたい! 王太子殿下との婚約はご遠慮させていただきたく

 どうして、ここに彼がいるのだろうという疑問は、やはり頭の中をぐるぐると回ったまま。
アイリーシャの手を引いて、エドアルトは歩き始める。

「君が誘拐されたのは、十年前だったな」
「そうですよ、このお祭りの当日です。でも……怖くはなかったんですよね。一緒に誘拐されたお兄さんが、優しくしてくれたから」

 あの時の少年は、どこの誰だったのか。アイリーシャはそれを教えてもらっていない。
父にたずねたけれど、名前を教えてもらえなかったのだ。
だから、お忍びで来ていた外国の貴族とかそういう人なのだろうと思っている。下手に名前を知ってしまうと、国際問題に発展するような相手。

(元気で、生きていてくれればそれでいい……きっと、優しい人になっているんだろうな)

 あの時の彼は、アイリーシャを懸命に慰めようとしてくれた。
アイリーシャが、実際のところは五歳より精神年齢が高かったからこそあの程度ですんでいたのであって、中身も五歳児であったら、あの場でわぁわぁ泣いていたのは間違いのないところだ。
 さほど不安にならなかったのは、彼と身を寄せ合っていたおかげだろう。