婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

「宗くんっ」

 人目も気にせず大きな声で叫んで、彼のもとへ駆け寄った。宗介もすぐに紅に気がつき、こちらを向いた。

「宗くん。あのね、さっきの人は……」

 田端と二人きりではなかったことを説明しようとした紅だったが、そこで初めて宗介がひとりではないことに気がついた。

 腕をからませ、彼の肩にぴたりと顔を寄せている女性がいた。
 ショートカットのよく似合う綺麗な人だった。ベージュのツイードジャケットに細身のパンツを合わせている。シルエットの美しいパンプスは、特徴的なヒールで有名なハイブランドのものだろう。
 仕事のできる大人の女といった雰囲気を、全身から醸し出していた。

「もしかして……あなたが紅ちゃん?」

 声も凛としていて素敵だ。でも、口調には紅への敵意がありありと滲んでいる。
 彼女は紅の服や靴をちらりと横目で見ると、ふふんと小馬鹿にしたように笑った。
 今日の服装は、オフホワイトのニットに秋らしいマスタード色のプリーツスカート。どちらもお気に入りのアイテムだったが……高級ブランドでかためた彼女の隣に立つと、急に自分がみすぼらしく思えた。