婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

 なんだか彼らしくない笑顔だった。

(紅ちゃん……なんて呼ばれたの初めて)

 同僚である田端と一緒だったから、気を遣って親戚だと言ったのかも知れない。後でからかわれたりしないよう、あえて親しげな態度は取らなかったのかも知れない。

「二ノ宮の親戚、とんでもないイケメンだなー。しかも金持ちだろ? あのネクタイ、絶対俺のスーツより高いわ」

 田端のその声は、紅の頭の中をすぅと通り抜けていくだけだ。聞こえているのに、聞こえていない。
 雑踏に消えていく宗介の背中を、紅の目はいつまでも追い続けていた。

「おーい、どうした? 二ノ宮?」

(でも、そうじゃなかったら……)

 もしかしたら田端との仲を誤解されたかも知れない。宗介の告白を曖昧に、しているくせに他の男とデートしていると……彼はそう思ったのかも知れない。

 そのくらい、さっきの彼の笑顔は寂しげに見えた。傷つけたかも知れない。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなる。宗介に誤解されたままでいるのは嫌だった。一秒でも早く誤解を解きたい。