婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

「いや、だだ婚期を逃し続けてるだけのおっさんだよ。そんな大層なポリシーなんてない」
「モテそうなのに」

 大通りを流れていくテールランプの赤い光を眺めながら、田端は苦い笑みを浮かべた。

「婚約までしてた彼女に浮気されて……そっから、柄にもなくなんか臆病になった」
「ごめんなさい……変なこと聞いてしまって」
「って言うと、たいていの女は同情してくれて落としやすくなる。二ノ宮はどうかな?」
「へ?」

 田端はくしゃりと笑うと、紅の頭をポンとはたいた。

「冗談だよ。俺は藤谷みたくチャレンジャーじゃないから、合コンすら初体験ですって女に手を出したりはしない」
「……そういうタチの悪い冗談は」

 紅と田端がにらみ合っていると、ぶわっと強い風がふたりに吹きつけた。

「わっ」

 強風が葉っぱやら小さなゴミやらも一緒に運んできて、紅はそれらを避けるようにぎゅっと目を閉じた。

「これたがら高層ビル群ってやつは……」

 忌々しそうに六本木の街を見上げている田端の頭に、ちょこんと緑の葉がのっていた。
 紅はくすりと笑いながら、それを指摘する。

「ここか?」
「じゃなくて右側です」