婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

「トラブルって……大丈夫なんですか」
「大丈夫。嘘だから」

 階段をくだっていく藤谷の背中を横目に、田端はさらりと言ってのける。

「えぇ?」
「真純が適当に対応してくれるから平気だよ。それより悪かったな。アイツの女癖が悪いのは有名なんだけど……まさか二ノ宮にまで手を出すとは思ってなかったわ」
「……どういう意味ですか、それ」

 まったく悪気なく言う田端に、紅はぷっとふきだしてしまった。

「いや、どう考えても合わないじゃん。藤谷と二ノ宮。ん? もしかしてタイプだったりした? まぁ顔はいいもんな、藤谷」
「いいえ、まったくタイプじゃないのでご心配なく」
「俺、邪魔者じゃなかった?」

 おどけて笑う田端に、紅も笑みを返した。

「はい、助けてくれてありがとうございました」
「駅まで送るから、今日はもう帰れ。あいつと顔合わせるの嫌だろ」
「そうですね。じゃ、お言葉に甘えて……」
「うん」
「田端さんて……なんで独身主義なんですか?」

 彼の顔を見ていてふと浮かんだ疑問を、思わず口にしてしまった。
 田端はものすごいイケメンというわけではないが、癖のないあっさりした顔立ちで女性ウケは良さそうに見える。性格も気さくで、なおかつ大人の余裕も感じさせる。同僚の贔屓目を抜きにしても、モテそうなタイプだと思う。