婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

 実際に働き出したら、世間で思われているほどお気楽な仕事ではないし思っていた以上に大変なことも多い。でも、その分やりがいもあった。地味だが、たしかに人のためになる仕事なのだ。それから、課長も田端も陽菜も、紅の仲間はつまらない人間なんかじゃない。市民のために汗を流す尊敬できる人たちだ。
 
 けれど、そこについて彼と議論する気はなかった。時間の無駄に終わるだろうことは想像に難くない。紅はさらりと話題を変えようとした。

「藤谷さん、少し飲みすぎなんじゃないですか?」

 実際に彼は酔っていた。強めの酒を結構なペースで飲み続けている。

「あ~そうかも」

 充血した目で、紅の全身をなめるように見た。彼は紅の手首をつかんで言った。

「外の空気が吸いたいな。一緒に来てよ」
「いえ、私は……」
「俺、ぶっ倒れるかもよ~」

 それは冗談なのだろうが、酔っ払いをひとりにするのも心配だった。あまり治安のいい街ではないし、公務員に酒のトラブルは笑い話では済まなくなる。
 紅は仕方なく彼に付き添うことにした。

 「はぁ~」

 彼は満足そうに息を吐いたが、外の空気もどことなく酒臭くよどんでいて、紅にはちっとも美味しいとは思えなかった。
 突然、彼が肩に手を回して紅にもたれかかってきた。喫煙者なのだろうか。鼻をつくたばこの匂いに、紅は思わず顔をしかめてしまった。

「つまんないから帰ろっかな。二ノ宮さんも一緒に抜けようよ」
「私は店に戻ります」
「え~ノリ悪いな。合コンなんだから空気読もうよ」