婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

(やっぱり……)
 
 一台の車の中で、人の動く気配があった。おそらくカメラを向けているのだろう。
 宗介はぱっとモモの手を振り払うと、自身の顔をカメラから避けるよう斜め上を向いた。

「急用を思い出した。悪いけど、行くね」
「えっ……待って」

 焦った様子の彼女を振り返りもせず、宗介は再び車に乗り込んだ。行き先を決めないまま、アクセルを踏み込んだ。

(さて、どうするか……)

 今夜のことは、おそらく話題作りをしたいモモの策略だろう。まぁ彼女本人というより事務所の意向だろうから、彼女自身を責めるのは酷かも知れないが。
 彼女とのスキャンダルくらいは別にどうということもないが、自宅がメディアにバレてしまったのは頭の痛い問題だ。若きIT長者という存在は、良くも悪くも世間の関心を集める。監視され、あることないこと書きたてられてしまうのだろう。
 宗介自身は有名税ということで我慢できなくもないが、会社と社員に迷惑をかけるのだけは避けたいところだ。

(当面はホテル暮らしで、早めに引っ越しかな)

 今の住まいは職場に近く気に入っていたのだが、やむを得ない。新しい住居は都に頼めば、すぐに候補を見つけてきてくれるだろう。
 宗介はなじみの外資系ホテルの前で車を止めると、旬と都に連絡を取ることにした。事情を説明し、マスコミ対策も検討しておいてもらわなくてはならないだろう。
 胸ポケットのスマホを取り出すと、ちょうど着信音が鳴った。相手は旬でも都でもなく、紅だった。