婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

 結婚報告のはずが、すっかり結婚式の打ち合わせに様変わりしてしまったけれど、とても楽しくあっという間に時間が過ぎてしまった。けれど、ひとつだけ紅には気がかりがあった。莉子のことだ。渋々といった顔ではあったけれど、彼女も麻子の話にずっと付き合ってくれている。紅のドレス選びに的確なアドバイスをくれたりもした。

(もし本当に宗くんが好きなら、私たちって相当な無神経だよね)

 でも莉子とふたりで話す時間なんて当然なく、気がかりなまま、そろそろお暇しようかという時間を迎えてしまった。帰る前に、紅はトイレに立った。広い家なので、客間からトイレが結構遠い。行きはよかったのだが、帰りは元いた客間がどこかわからなくなってしまった。客間はひとつではないし、まるでホテルのように似たような扉がいくつも並んでいるのだ。

「えっと、ここだよね?」

 扉に耳を近づけて中の気配を確認しようとするも、防音性能がばっちり過ぎてなにも聞こえない。

「大丈夫。きっと、ここで合ってるはず」

 そろそろと紅は扉を開けた。すると、中から話し声が聞こえてきた。莉子の声だった。

「だから、私は日本でパーフェクトなエリートと結婚することにしたの。仕事も順調だし、あんたに未練なんてない。アフリカでもアラスカでも勝手に行けば?」

 ここは客間ではなかったらしい。そして、おそらくもっとも開けてはいけない扉を開けてしまったようだ。あわてて扉を閉めようとする紅と、ぶちっと通話終了のボタンを押した莉子の視線がぶつかってしまう。