婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

 そして翌日は、宗介の両親への挨拶だった。威圧感たっぷりのゴシック調の門を前にして、紅は大きく息を吐いた。
 都心の一等地であることを忘れてしまいそうな、広々とした敷地に立つクラシックな洋館が宗介の実家だった。

「どうしよう、緊張してきた」

 心臓がバクバクと不穏な音を立てている。悲壮感すら感じさせる紅とは対照的に、宗介は晴れやかな表情だ。

「何度か来たことあるだろ。両親にも初めて会うわけじゃないし」
「で、でも……」

 昨日の宗介を笑えない。極度の緊張でどうにかなってしまいそうだった。宗介がベルを鳴らすと出迎えてくれたのは、桂木家の通いの家政婦のスミだった。宗介が子供の頃からここで働いている人で、紅も面識があった。

「お待ちしておりました、宗介さん、紅さん」

 ほがらかなスミの笑顔に、紅はほっと安堵する。少なくとも、彼女だけは紅を歓迎してくれていることがわかったからだ。

「いつもありがとう、スミさん。父さんと母さんは?」
「客間でお待ちですよ」

 宗介はやや不服そうに口をとがらせた。

「客の出迎えくらい、してくれてもいいのにな」

 宗介のその言葉に、紅の不安は一層深くなった。

(で、出迎えたくないってことなのかも……)

「色々あるんですよ、色々と」

 スミはふふっと意味ありげな含み笑いをしてみせたが、宗介と紅にはその意図はさっぱりわからない。