婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました

「とっくに身をひいたものと思っていたのに、大人しそうな顔して図々しいのね。一体いつまで宗介の婚約者気取りでいるつもり？」
「え……その……」

　美女の迫力におされて、紅はなにも言えなくなってしまう。

「あの約束は、あなたが宮松のご令嬢だったからでしょ。今のあなたと結婚して、宗介になんのメリットがあるのよ」
「莉子、やめろ」

　宗介が口を挟んだが、莉子と呼ばれたその女性は構わずに喋り続ける。

「本当のことじゃない。私なら宗介に色んなものを与えてあげられる。ビジネスの面でもプライベートでも宗介の役に立てるわ」
「いい加減にしろ」
「なんでよ！？　こういうことは、さっさとはっきりさせたほうがいいのよ。私のほうが宗介にお似合い。紅ちゃんも……宗介だってそう思うでしょ」

　自信たっぷりの笑みを浮かべて、莉子は宗介を見上げた。宗介は苦虫をかみ潰したような顔で、はぁと大きなため息をついた。
　それを見た莉子の唇がワナワナと震える。

「なによ、それ。帰国早々、最悪の気分だわ」

　紅はまだこの状況をのみこめていなかったが、プライドを傷つけられた彼女が激高しているという事実だけは理解できた。莉子はカツンとヒールを鳴らして踵を返した。こちらを振り返りもせず、走り去っていく。