さあ、議論は終わりだと、啓介さんは机へ向き直る。
 ダメダメ、今回は諦めませんよ?

「ご先祖さんに、ちゃんと報告したいの」
「……律儀だね」
「私一人で帰るから――」
「ダメだ。一人は絶対ダメ」
「じゃあ、二人で一緒に行く? 啓介さんは実家がイヤなんでしょ」
「それは……ん……」

 結婚前に、彼は両親へ挨拶した。
 夫が私の故郷へ来たのは、そのただ一度切りだ。

 私に気を遣ったのだろう、こちらへ戻ってからも、彼の方から故郷の感想を言いはしなかった。
 だけど、丸っきり感想が無いのも変な話で、私が問い詰めたところ渋々不満を口にする。
 食べ物が合わない。何だか肌寒い。両親の言葉が聞き取りづらい。
 細々あっても言いたいことは一つ、要はひどく居心地が悪かったらしい。

 仕方ないのかな、と思う。
 私だって、彼の御両親に会った時は、冷や汗が出そうなくらい緊張したもの。
 あわあわと口ごもる私を落ち着かせるために、啓介さんは静かに手を握ってくれた。
 要所で決めるのが彼。私が選んだ人は間違っていなかった、そう思い出させてくれる彼が大好きだ。
 この墓参りにしても、一生懸命頼めば認めてくれるはず。 

「啓介さんは車で近くまで送って。墓参りは一人で済ませるから」
「そんなのダメだって」
「実家には一泊することになるね。お父さんが引き止めても、キッパリ断るし安心して」

 また車で迎えに来てもらい、次の日には帰宅する。これなら反対されないと思ったのに。
 彼には珍しく、声を荒げて「ダメだ」と繰り返された。
 駄々っ子のような態度はとても冷静な彼とは思えず、ただただ驚いてしまう。
 何が彼にそこまで反対させるのか。

「……運転したくないから?」
「いや、そんなことは」
「渋滞がつらいから?」
「それはイヤだ」
「私のためでも? 退屈しないように、ずっとお話するよ? 私が運転出来るようになった方がいい?」
「それは危ないって。運転はボクがする」

 啓介さんは優しいから、渋滞くらいで文句は言わない。
 逃げる理由に持ち出しただけ。

 では、彼が反対する理由は何だろう。
 実家に立ち寄るのを嫌がってるんだと、そう予想したのになあ。

「お墓参りって、普通よね?」
「最近はしない人も増えてる。盆の時のみ、とか」
「普通よね?」
「ま、まあ。する人が多いかもしれない」
「私がしたいのは、おかしい?」
「…………」

 叱られた子供みたいに、啓介さんは視線を落として黙る。
 もう一度、同じ質問を繰り返すと、力無く「おかしくない」と答えた。