「君にひとつ、昔話をしよう」


マスターが落ち着いた声色で僕に語りかける。マスターの手にあるカップからは、珈琲の温度を知らせる湯気がまだはっきり見えた。



「その昔、この喫茶店によく顔を出してくれる男女2人がいた。2人は幼馴染で、…見てれば伝わるほど、互いを大切に思っていた。男の子は少しシャイな子で、彼女が『好き』というと『知ってるよ』と、照れくさそうに言うんだ。女の子は、そんな彼を見て幸せそうに笑う。…そんな、可愛らしい2人だった」

「……、」

「けれど、女の子はもともと身体が弱くてね。彼女は15歳になった翌日、かかりつけの病院で息を引き取った」



マスターは、その時の様子を思い出すように目を閉じた。



「男の子はひどく後悔した。彼女が亡くなったこと、やり残したことがたくさんあったこと。そして、──伝えきれない思いがあったこと」



僕の意識は、マスターの声にだけ向けられている。この話は、真剣に聞いておかなければならない気がしたのだ。“後悔”の2文字に敏感になっているのは、まさしく自分がそうだからなのだと思う。