高校三年も九月の下旬になると、卒業後の進路がまざまざと現実味を帯びてくる。
 夢想の時間は終わり、そう簡単に覆せない数字として、自分の実力が確定する季節だ。

 母は百貨店勤めで帰りは十時を過ぎることも多く、家のことは今までお婆ちゃんと私に任せきりだった。
 学校から帰った私は、独りで母の帰宅を待つことが増える。

 買い物を真っ先に済ませ、洗濯機を回してから勉強。
 食事の準備は七割方、私が請け負った。
 母も週二日の休みには、キッチンに立つようになる。
 これが私の休める残りの三割だ。


 母の手料理なんて、何年ぶりか思い出すのも難しい。
 本当に出来るのかハラハラと見守ったが、予想外の手慣れた仕事ぶりに驚いた。
 それをそのまま感想として口に出すと、何とも微妙な表情で見返される。

 受験前なのにゴメン、と、これまた珍しく頭を下げられた。
 私が家事を担うことを、母は負い目に感じていたのかもしれない。
 幼い頃から手伝っていたのだし、気にしなくてもいいのに。

 それに、忙しく働いていると、余計なことを考えずに没頭できる。
 家事も気分転換と思えば、より集中して勉強に取り組めるというもの。
 実際、ジワジワとではあったが、模試の成績は上昇していった。


 十二月の十二日、覚えやすい並びのこの日は、随分経ったあとでも簡単に思い返せる。
 マフラーが必須の寒い夕方だった。

 高校から家の最寄り駅まで、私鉄で三駅離れている。
 クラスは違ってしまったが、近所の紗代は大抵、同じ電車で帰ることが多かった。
 その日は加えて、同級の勝巳も混じり、三人で真面目な話に終始する。

 彼は経済学部を受けるはずが、ここに来て悩んでいたらしく、私の受験校について熱心に尋ねてきた。
 進学後のカリキュラムを質問され、私の知る情報を細かく話す。
 面倒でも、話題が話題だけに無下には出来まい。
 この時ばかりはからかったりせず、ノー嘘で話を進める。

「そっか、アヤは文学部を受けるのか。英語が得意だし、やっぱ英文学とかやるの?」
「まさか。心理学科に進むつもり」
「おいおい、嘘の技術を磨くつもりじゃねえだろうな」
「なわけないでしょ」

 全く無いわけでもない。
 他人を騙す方法を学問として学べるなんて、素敵よね?
 でも、本当の理由は、カウンセラーに興味があったから。

 医学も薬学も私にはハードルの高い分野だけど、言葉で人を癒せるなら自分にもやれる気がした。
 挑戦しようと思える仕事だ。
 カウンセリングにおいて時には嘘も必要だろうし、そういう意味では勝巳の予想も正しい。

 心理学科が充実した大学が地方には少なく、東京に出たいところ。
 新幹線が必要な遠さだから、当然、下宿暮らしが必須となる。

 母に相談してみると、関東行きは猛烈に反対された。
 仕方なく隣県の公立大学を第一志望にしており、紗代や勝巳とは卒業を機に離れてしまうだろう。
 もっとも――。

「紗代は東京へ受けに行くんだっけ? 羨ましい」
「千葉は東京じゃないよ」
「似たようなもんじゃん」
「レベルはアヤちゃんの方が高いしさ。そりゃ、お母さんも近くを勧めるって」

 合格するなら、私にだって不満は無い。
 ただ、C判定ってのが、ねえ。
 難しいんだよ、田舎のくせに。

 紗代はA、勝巳はB、私だけ一歩足りない現状らしく、焦りそうにもなる。
 こういう不安を誤魔化すには、やっぱりアレかな。