予想通り、程なくして玄関からバタバタと煩い足音が聞こえた。
廊下を走るなと何度も注意したのに、気を抜くと悪癖が出るみたい。
「アヤ!」
「キッチンにいるよ」
戸口から顔を出した勝巳が、満面の笑顔で私を祝福する。
「女の子だって? 嬉しいなあ」
「なによ、男なら残念だったの?」
「いや違うって! どっちか分かると、ほら、なんか実感が増すじゃん」
診断結果をメールで伝えたところ、彼は駆け足で帰ってきたらしく、荒い息のまま私の前で腰を屈めた。
膨らんだお腹に手を当てながら、娘の名前を考えたのだと言う。
「勝巳の“み”と、亜耶の“あ”で“みあ”。どう?」
ミア。
ミア……ああ、あの名前はそういう――。
黙る私に不安を覚えた勝巳が、ダメなら違う名前にすると狼狽え始めたのを見て、慌てて手を横に振った。
「それでいい。なんだか猫みたいな響きだね」
「やっぱりやめとく? 可愛いかなって思ったんだけど」
「気に入ったよ。ミアにしましょ」
「よかったあ! それでさ、当てる漢字は――」
いくつも挙がる候補を聞きながら、再び人形へと視線を移す。
てっきり母かお婆ちゃんか、さらにはもっと昔の祖先が、ミャアの恩返し相手だと考えていた。
でも、ミャアが一肌脱いだのは未来の人物のためかもね。
奇妙な名前の一致は、いずれ分かるヒントを与えてくれていたのか。
“ボクには名が無いからね。彼女の代わりってことで”
私にだけ聞こえる声が、久方ぶりに耳をくすぐる。
ミャアは一つだけ嘘をついたと言った。
つまり、他は全て本当のことだということ。
全てを見通す神様、ねえ。
時の理に縛られたりしないわけだ。
娘が生まれたら、人形を譲ろう。
きっと、私よりも大切にしてくれる。
カワウソに好かれるほど、すごく大切に。
出産を控えて漠然と感じていた不安が、綿菓子のようにふんわりと溶けていく。
まだまだ先の話だけど、分別がつく歳に成長するのが待ち遠しい。
最初に教えることは、もう決まっている。
嘘をつくとカワウソになるんだよね、ミャア?
受け継がれた掟を、次は親子二人で守る番だ。
“ん、それは……まあいいや。タイヤキ、用意しといてね!”
オーケー。
人形にパチリとウインクした私は、話の尽きない夫へと向き直った。
廊下を走るなと何度も注意したのに、気を抜くと悪癖が出るみたい。
「アヤ!」
「キッチンにいるよ」
戸口から顔を出した勝巳が、満面の笑顔で私を祝福する。
「女の子だって? 嬉しいなあ」
「なによ、男なら残念だったの?」
「いや違うって! どっちか分かると、ほら、なんか実感が増すじゃん」
診断結果をメールで伝えたところ、彼は駆け足で帰ってきたらしく、荒い息のまま私の前で腰を屈めた。
膨らんだお腹に手を当てながら、娘の名前を考えたのだと言う。
「勝巳の“み”と、亜耶の“あ”で“みあ”。どう?」
ミア。
ミア……ああ、あの名前はそういう――。
黙る私に不安を覚えた勝巳が、ダメなら違う名前にすると狼狽え始めたのを見て、慌てて手を横に振った。
「それでいい。なんだか猫みたいな響きだね」
「やっぱりやめとく? 可愛いかなって思ったんだけど」
「気に入ったよ。ミアにしましょ」
「よかったあ! それでさ、当てる漢字は――」
いくつも挙がる候補を聞きながら、再び人形へと視線を移す。
てっきり母かお婆ちゃんか、さらにはもっと昔の祖先が、ミャアの恩返し相手だと考えていた。
でも、ミャアが一肌脱いだのは未来の人物のためかもね。
奇妙な名前の一致は、いずれ分かるヒントを与えてくれていたのか。
“ボクには名が無いからね。彼女の代わりってことで”
私にだけ聞こえる声が、久方ぶりに耳をくすぐる。
ミャアは一つだけ嘘をついたと言った。
つまり、他は全て本当のことだということ。
全てを見通す神様、ねえ。
時の理に縛られたりしないわけだ。
娘が生まれたら、人形を譲ろう。
きっと、私よりも大切にしてくれる。
カワウソに好かれるほど、すごく大切に。
出産を控えて漠然と感じていた不安が、綿菓子のようにふんわりと溶けていく。
まだまだ先の話だけど、分別がつく歳に成長するのが待ち遠しい。
最初に教えることは、もう決まっている。
嘘をつくとカワウソになるんだよね、ミャア?
受け継がれた掟を、次は親子二人で守る番だ。
“ん、それは……まあいいや。タイヤキ、用意しといてね!”
オーケー。
人形にパチリとウインクした私は、話の尽きない夫へと向き直った。