たった二日の出来事を、今でも鮮明に思い出せる。
 喋るカワウソは、またいつか会えると言った。
 嘘が嫌いだとも。

 その約束を信じて待ったが、あの日以降、ミャアを見かけたことは無い。
 ついた嘘は二つじゃないか、と文句も言いたくなる。

 替わりに手に入れたのが、オレンジ色の陶器人形だ。
 サイズはぐっと小さいし、喋りも食べもせず、二本足で直立するだけ。
 ただ顔つきはそっくりで、今にもギュフギュフ笑いそうだった。

 カワウソについても、この人形についても、暇を見つけては調べている。
 ネットでは情報が少なく、図書館へも赴いた。


 カワウソの伝承は、国内外を問わず意外に多い。
 泳ぎの上手い神様だとか、人を騙す妖怪だとか。
 だが、どれもミャアとは似ておらず、これという手掛かりは得られなかった。


 唯一、中東の遺物に、人形と類似した像があるようだ。
 ウアジェト、或いはウジャトと呼ばれる守護女神が、カワウソに変化するらしい。
 女神はともかく、カワウソ像に関しては詳細不明とされ、これまた役に立たない。

 女神の方も、念のために調べはした。
 全てを見通す癒しの神で、時の神トートの力を浴びた存在だとか。
 幾分、ミャアに通じるものがありそうだけれど、そんな神話の存在にしては威厳の無いカワウソだったと思う。
 食い意地も張ってたし。

 人形を机に置いて、長い回想に身を任せる。

 嘘をつかせないように監視する、あの時のミャアの言い分は本当だとは思うけど、第一の目的でもなかろう。

 ほんの僅かなことで、人生は様々な方向へと分岐するものだ。
 年を経た現在なら分かる。
 ミャアはそんな岐路に立った私が、正しい道を選ぶように手伝ってくれた。
 
 私と勝巳は、第一志望に見事合格し、同じ大学へ通うことになる。
 彼は私と同じ心理学を専攻し、なんと研究職に就いた。
 何かと情けなかった勝巳も、少しは貫禄がついた、かな。

 紗代は相変わらずの親友で、大学の頃は嘘をつかなくなった私が物足りないなどと言っていた。

 その私は望み通りカウンセラーとなり、母との関係も良好だ。
 まだ受験生だった頃、母へプロポーズした男性がいたと、あとで知った。

 進学後に打ち明けられた私は、再婚に賛成し、卒業と同時に家を出る。
 母と新しい父は、二人で仲良く懐かしい家で暮らしていることであろう。

 では、私はまた独りになったのかと言うと、そうでもない。
 もうすぐ騒がしい同居人が、帰宅する時間だ。