「オヤツにしよ。ミャアの分も買ってあるよ」
「ぎゅうっ、ホントにぃ!」
「ダイニングへ行くよ」
「ボクも下に行きたかったんだ。絶好のタイミングだね」

 またもや階段で私を追い抜かして、ミャアはウキウキと駆け降りて行く。
 ダイニングを所狭しと走り回るのは、よっぽど嬉しいからだろう。

 温めるので大人しくしろと命じると、定位置の椅子に上り、首を左右に振って私の手元を窺った。

「ねえ、オヤツって何? フルーツじゃないの?」
「静かにしてないと、出さないよ」
「喋らない。ボクは静か」

 電子レンジが終了を知らせて鳴れば、湯気を上げるオヤツが大皿に乗せてテーブルへと差し出される。
 白、ピンク、黒、茶色と四匹の鯛焼きに、ミャアは言い付けも忘れて奇声を上げた。

「ぎゅっふー! これ大好きなんだ。食べていい?」
「どうぞ。焼き立てがなくて、冷凍ものだけどね」

 茶色の鯛焼きを掴み、ミャアはその頭から齧り始める。
 少しくらい熱かろうが意に介さず、結構なスピードで食べ進んだ。
 鯛が半身にまで小さくなったところで、私は味の感想を求める。

「甘くておいしいよ!」
「餡子が?」
「アンコ、好き。皮も香ばしくて最高」
「クリーム、イチゴ、チョコ、餡子。どうして餡入りを選んだの?」

 質問の意図が分からないと、ミャアは小首を傾げて噛むのを止める。

「好きなものを選んじゃダメなの?」
「餡子が好きだった。ものすごく、好きだった」
「アヤちゃんが?」
「違う、お婆ちゃんが。あなた、お婆ちゃんの生まれ変わりでしょ」

 そんなわけがない、と、ミャアはブンブン首を振って否定する。
 ボクはボク、神様で救世主で、アヤちゃんを助けに来たんだ――相変わらずの説明を聞き流しつつ、私は今朝から考えた推理を披露した。

「スマホで調べたの。日本で作り出したのは一九六○年代から、この辺りじゃ昭和末期にやっと出回ったみたい」
「何の話?」
「キウイよ。まさかって思ったけど、和食好きのお婆ちゃんなら、キウイの外見を知らなくても不思議じゃない」

 座るのは、決まってお婆ちゃんの席。
 家の造りにも詳しくて、私の幼い頃も知っているようだ。
 甘いものに目が無く、中でも和菓子が大のお気に入り。

 それに、カワウソにされた原因も判明した。

「お父さんが死んだって作り話、お婆ちゃんが考えたんだよね。そんな強烈な嘘をついたら、カワウソにされて当然よ」
「それかあ……」
「さあ、認めちゃいなよ」
「いや、あのね。アヤちゃん」
「んで、一緒に食べよ。明日はお饅頭にするね」
「まいったなあ」

 お婆ちゃんと食べ損ねたあれこれが、次々と頭に浮かぶ。
 話せなかったこと、ちゃんとお別れ出来なかったこと。
 やり直す機会をくれたことに、ミャアへ、いやお婆ちゃんへ感謝した。

 姿は変わっても、今度はずっと一緒に暮らせる。
 やたら人間くさいカワウソの顔は、悪戯っ子に似た在りし日のお婆ちゃんの面影に似ていた。

 たった数ヶ月前なんだもの、忘れるはずない。
 滲んでボケた輪郭のせいで、余計に二つが重なって見える。

「……嘘はやっぱりよくないね。実によくない」
「お父さんのことなら、もういいよ」
「そうじゃない、ボクは嘘が嫌いなくせに、一つだけアヤちゃんに言ってしまったんだ」

 ボクはお婆ちゃんじゃない――言い聞かせるようにゆっくりと、今一度ミャアは否定した。