左右の前脚を交互に動かして、一心に私を殴りつける。
 それなりに力を込めているようで、ちょっと痛い。

 必死の形相と言うには、いつもと同じ(とぼ)けたカワウソフェイスに、声を荒げる気も失せた。

「亜耶、待ちなさい!」

 背に母の声を浴びながら、二階へ駆け上がる。

 勢い任せに部屋のドアを叩き閉め、しばらく立ち呆けたあと、渋々とベッドの端に腰を下ろした。
 苛々を鎮める方法が、何も思いつかない。

 新たに聞かされた父親像が偽りかとも疑ったものの、それこそ当を得ない仮定だろう。

「危なかったぁ。ギリギリセーフかな」
「何がよ?」

 ミャアはどうやって移動しているのやら、またもや気配も無いまま傍らに座っていた。
 足をブラブラさせる様子は、人間さながらだ。

「嘘をつかずに済んだね」
「嘘だらけなのは、お母さんじゃない!」

 いいや、とカワウソが首を横に振る。
 今晩に限れば、母は嘘を言わなかった、と。

 じゃあ、今までつき続けた嘘は、カウントしなくていいのか。
 百八なんて数じゃない、千や万だって超えてそうだ。
 母もお婆ちゃんも、とっくにカワウソになっていないとおかしい。

「んー、お母さんは隠してたけど、はっきり嘘を言ったりはしてなかったよ」
「そんな! 嘘も黙ってるのも同じことでしょ」
「アヤちゃんを傷つけようとしたわけじゃない」
「詭弁よ!」

 屁理屈をやりこめようと尚も抗弁する私を、毛に覆われた手が制した。
 左手を私へ突き出し、よく考えてみて、とミャアが告げる。

「それでもお母さんに騙されたと言うなら――」
「言うよ、何年越しの話だと思ってんのよ」
「じゃあさ、どんな理由でも、やっぱり嘘はよくないってことだよね?」

 その通り。
 相手がどう受け取るかが問題なんであって、悪気は無いなんて言い逃れだ。
 だからこそ、創作おまじないと同列にしてほしくない。
 私は自分の言ったことに、ちゃんと責任を……。

 嘘の責任ってなんだ。
 分かんないよ、もうっ。

 服のまま、布団の上に倒れ込む。
 階下から微かに水音が伝わるのは、母が食べ終わったということであろう。
 普段なら洗い物の次は母の風呂、それを待って私が入る。

 勉強をする気力も湧かず、一階へ降りるのも面倒臭い。
 仰向けで目を閉じた私を見て、ミャアが肩を揺すってきた。

「寝るの? 風邪引いちゃうよ」
「うるさいっ」

 暖かくすれば文句は無かろうと、布団を被って壁を向く。
 風呂どころか顔も洗わずに、この夜はブラウス姿で眠りに落ちた。