冬だというのに、水着を制服の下に着込んできた安原さん。
 数学の予習を、十五ページも余計にやった鈴木くん。
 オーストラリアの首都をオーストリアだと言って、親戚一同に笑われた田所さん。
 バレンタインに、歳の数だけ手作りチョコを用意した三木さんってのもいた。

 被害の大小はあるにしても、確かに迷惑をかけた友人は多い。
 改めて(あげつら)われると、被害者の数に自分でも驚いた。

「アヤちゃんは、みんな笑ってたって言うけどさ」
「うん」
「嘘をつかれた当人も笑顔だった?」
「……」

 いつものことだと、紗代なら流してくれる。
 彼女じゃなくても、大して叱られないことがほとんどだ。

 ただ、真っ赤に顔を染めて俯くクラスメイトや、ぎこちない苦笑いにも覚えがあった。
 それら失敗例を集めたら――百は超す、のか。
 えぇ、百もやってたんだ……。

「ちょっと厳しすぎない?」
「ダーメ! もうここで嘘は卒業しよ。ボクがきっちり監視してあげるから」
「えっ、ついて回る気?」
「任せといて」
「やめてよ!」

 家の外までついて来られたら、周りにどう言い訳すればいいんだ。
 電車に乗るつもり? カワウソが?
 子供料金か知らないけど、払わないからね!

 不審カワウソで捕まりたくなかったら、家で大人しくしておけと、トーストを食べる手も止めて叱りつける。
 一方、私の剣幕も意に介さず、ミャアはまた自分の食事を再開した。

「ぎゅうぅっ。おいしいね、ぶるべりい」
「どうなっても、私はスルーするよ。赤の他人――他カワウソだって言う」
「大丈夫だって。無関係な人に見つかるようなヘマはしないもん」
「……特殊能力があるとか?」
「うん。臭いに敏感だったりとかね」

 また微妙な。それって特殊?
 しかし、ミャアの監視方法に考えを巡らせるより先に、根本的な疑問が残っている。

「理由」
「りゆうって?」
「ミャアが来た理由」
「言ったじゃん、アヤちゃんが嘘をつきすぎたからだって」
「違う、どうしてミャアが助けるの? つまるところ、あんたは何者?」

 トーストを最後まで平らげ、ジュースをゴキュゴキュと飲んでから、ミャアは居住まいを正す。
 テーブルの縁に両手を突いたのを見て、そのまま上がり込むのかと思いきや、支えがほしかっただけのようだ。
 なんとこのカワウソ、椅子の上に二本足で立ち、ピンと背筋を伸ばした。

「アヤちゃんの好きに考えていいよ。神さまでも、アス、アスシト……、ぎゅえー」
「アシスタント?」
「そう、それ」
「カワウソの神なんていません。妖怪でいいや。そのお助け妖怪が、なんで現れたのよ」
「んんー、恩返しかなあ」

 これまでの人生で、カワウソに恩を返される善行は積んでいない。
 勘違いではないのか、人を間違えたのでは、と言う私へ、ミャアはまた右手を掲げた。

「アヤちゃんで合ってる。そんなことより、時間大丈夫?」
「え、ああっ!」

 壁に掛かった丸時計が、七時四十三分を指す。
 走らないと間に合わない時間だ。

 皿をシンクに重ね、洗う手間も惜しんでバッグを掴む。
 せっかくの早起きも、一転、遅刻のピンチに変わった。

 ダメもとで、ついてくるなとミャアへ釘を刺すと、無言で首を傾げて応じられた。
 ジュースが残っているからか、ダイニングから動く様子が無いので、カワウソは放置して玄関へ急ぐ。

 ドアに鍵を掛けたので、外には出られないはずだが、果して。
 やや混乱した心持ちのまま、私は駅まで全力で駆けた。