「私もミャアの目的は聞きたいけどさ」
「けど、何?」
「パン屑、払いなよ」

 口の周りが粉を噴いたようで、真面目な話をするには締まりが悪い。
 カワウソが深刻な顔を作るのも、大概な珍妙さだけど。

 招き猫さながらに右手で顔を擦り、口元の毛を撫で整えたミャアは、改めて厳粛に語り始めた。

「ボク……、ワレはキュウセイシュなり」
「それは聞いた」
「練習したんだから聞いてよ。助けに来たんだ。このままじゃ、大変なことになってしまう」
「どうなるって……いやまず、何から助けるっていうの?」
「キミはね、嘘をつき過ぎた」

 否定はしない。
 でも、それの何がダメなのか。
 まあ、少しトラブルになることはあるけど、日常の楽しい潤滑油だと思う。

 小さい頃から修練を積んだお蔭で、嘘に怒る相手はほぼいなくなった。
 それだけ嘘が上達したってこと。

「何でもかんでも嘘がいけないわけじゃない。誰かを悲しませたらダメ」
「そんなことしてないよ。みんな笑ってるって」
「大抵はね。だけど、失敗だってあった。その数はなんと……」
「いくつよ?」

 嫌な予感を覚えつつ、言葉を切ったミャアを見つめる。
 いつやら聞いた忠告が、耳の奥で再現されていた。

「なんと、百六回。あと二回で達成だ」
「それってまさか――」

 “百八回、嘘をつくと、カワウソになっちゃう”

 そう宣告するミャアのセリフは、思い出と重なって別人の声に聞こえた。
 なんてこと。
 あれ、マジ話なの?

 どうせなら、事前にカワウソが登場することも教えておいてほしかった。
 いやそんな、カワウソになるってなによ!?

「梅沢さんだって、前田さんだって、嘘ばっかりついてるじゃん。適当な噂話を広めたり、根拠も無い悪口を言いあったり」
「それは――」
「渋井さんなんて、他人の体験を自分のことみたいに投稿したり、余所から写真を盗ってきてコメントつけてさ」
「それも嘘の一種だろうけど――」
「ほら! なんで皆はカワウソにならないのよ。クラス全員カワウソになるはずでしょ。あいつらカワウソなの? 見た目は人間でも、中身は毛だらけ?」
「だからね、悲しませたらアウトなんだって」

 それこそ私とは無縁、カウントミスだと主張する。
 メロンパンは元々メロンを挟んだパンだったとか、袋が二つあるカンガルーは双子を産むとか、そんな他愛ない嘘で誰が悲しむと?

 口から泡を飛ばして反論する私へ、ミャアは丸っこい右手の拳を突き付けた。
 指で差したつもりかもしれないが、小さな掌ではジャンケンをしているみたいだ。
 最初はグー。パーで(はた)いてやろうかな。

「山崎さん、泣いてたよ?」
「誰?」
「受験合格のおまじない」
「あぁ……」

 直接謝罪はしたものの、彼女とは進学先も違い、まともに話す機会は二度と訪れなかった。
 避けられていたのは間違いない。
 本気で怒っていたと、友人の友人経由で耳に挟んだ。

 だからって、それは特殊な一例だと言い返したところ、ミャアは次々と名前を挙げて私を糾弾する。