予想以上にシャッター音は大きく響き、オレンジ色の頭が持ち上がる。

「うーん、おはよ。早起きだね」
「やっぱり喋るんだ……」
「何を今さら。えっ、まだ信じてないの?」

 信じたくない、が正しい。
 朝からカワウソと対話していると、自分の気が狂ったようにも思えてくる。

 ともかくも、続きは夜にしよう。
 それまで大人しくカメと寝ておけ、そう命じる言葉に被せて、ミャアは朗らかに質問した。

「ねえねえ、朝ごはんは何?」
「……食べるの?」
「食べないの?」
「私は食べる。カワウソ用は無い」
「えぇーっ!」

 カワウソの食事って何だ。
 虫? 生魚?
 そんな用意があるわけなかろうと、人としての常識を説く。カワウソだけど。

 ところが、ミャアは人間と同じ物を食べるそうだ。
 箸も持てないくせに、お茶漬けがいいとか、味噌汁の具はワカメよりキノコがいいだとか。
 どういう嗜好なんだ、こいつは。

「朝は忙しいからトーストとジュース、ご飯なんて炊きません」
「あっ、パンも好きだよ。ピーナッツバター?」
「……ブルーベリージャム」
「いいね! 朝ごはんは大事だもん。ホントはさ、食べなくても平気なんだけど」

 じゃあ食べんな、と言い放ったところ、ミャアは腹を天井に向けて大の字に転がってみせた。
 ギューギューと唸りつつ、四つ脚をバタつかせるポーズは、最大級の抗議を表しているらしい。

 仰向けになっているうちに脱出しようと扉を開けた途端、今度は猛ダッシュで駆け寄ってきた。
「ぶるう、べりいぃーっ」とか叫びながら。

 私の足元を摺り抜けたミャアは、先に階段まで行き、遅いとばかりに振り返る。
 こちらを待つ気は無いようで、すぐにピョンピョンと一階へ下りていった。
 どうだろう、この我が物顔で走る姿は。
 ダイニングまで一直線に駆け、私が追いついた時には、既に椅子に立って配膳を待ち構えていた。

 テーブルの周りに置かれた椅子は三脚。
 私と母が使う場所を避けて、ミャアはちゃんと予備の椅子を選んだ。
 偶然なのか、カワウソの嗅覚が成せるワザなのか。

 母は一足先に出勤しているので、この騒動に巻き込む心配は無い。
 逆に関わってもらった方がいい気もするので、それも帰宅後に検討しよう。

 オーブントースターに食パンをセットしつつ、インスタントのコーヒーを準備する。
 ジュースでないのを見たミャアは、またヒゲを揺すらせて抗議を始めた。

「それ知ってるよ。苦くて飲めない」
「頭をスッキリさせたいから。誰のせいだと思ってんの」
「すごく苦い。飲めないもん」
「分かったわよ。アンタの分は、オレンジジュースにすればいいんでしょ」
「ぎゅっぎゅーっ!」

 これは快哉のつもりかな。
 どれも「ぎゅー」じゃ、微妙で判別しづらい。

 焼けたパンにジャムを塗り、皿に乗せてミャアの前へ。
 ジュースが出揃うのを待っているのを見ると、一応の行儀は(わきま)えているみたいだ。

 やや斜めに向き合って座り、無言でパンの耳から齧る。
 齧りながら、ミャアがどうやって食べるのかを窺った。

「いただきます」

 手まで合わせたよ。
 器用だな、カワウソ。

 二口、三口、苦労する様子も見せず食べ進め、美味しーっと感想を言ったところで、ひと休憩。
 さすがにグラスは持ちにくいらしく、手元に引き寄せて、鼻先を中へ突っ込んだ。
 これじゃ最後まで飲めそうもないので、溜め息混じりにストローを探しに立ち上がる。

「あっ、座って座って」
「何よ、それじゃちゃんと飲めないでしょ」
「あとでいいから。まずは大事な話をしないと」

 ぎゅへんっと喉を整えたミャアは、ここにきてやっと、自分が現れた理由を語り出した。