見つめ合うこと数秒。
お互いに声がでなかった。

「おいおい大知、黙って突っ立ってないで声くらいかけたらどうだ?」

相楽さんの呼び掛けで最初に沈黙を破ったのは迫田さんで。

「あぁ、なかなか似合うじゃないか。その着物いい色だ。
急に頼んだのに倉木もよく用意してくれたな。
あとでもう一度礼を言わなきゃな」

早口にそう言うと、ふいっと顔を背けた迫田さんは、それきり私と目を合わせず、これからのことを事務的に説明し始めた。

(着物しか誉めてくれないんだ…。相楽さんでさえ"可愛い"っていってくれたのになぁ)

ビジネス用であろう淡々とした口調と表情に、寂しさが込み上げる。

一瞬だけど、二人っきりのときは、迫田さんはもう少し柔らかくて甘かった。

わずかに見せたあの表情は、彼の特別な女性(ひと)だけが見ることのできる素顔なんだろう。

あれ?なんで私こんなにがっかりしてるんだろう…。

チリチリ痛む胸元を押さえると

「おい、人の話ちゃんと聞いてるか?
なんだよ、帯が苦しいのか?」

急に近づかれ、顔を覗き込んだ迫田さんに心臓がぴょんっ!と跳ね上がった。

さっきから私の胸は苦しくて苦しくて仕方がない。

朝のラフな彼も物凄く素敵だったが、今はそれ以上に…

ん!?

なに考えてるの私!!

「きっ着物なんて久しぶりだからちょっと苦しいだけです。
すぐ慣れるから大丈夫です」

誤魔化すように顔を背けると追うように迫田さんが顔を近づけた。

「…朋葉」

優しい声色で呼ばれた名前に私の胸が甘く疼く。


顔に伸ばされた手が……


「っっ、いたぁっっ!」

私にデコピンをおみまいして、迫田さんがいたずらっこのように笑っていた。

「緊張しすぎた。朋葉、大丈夫だから少し肩の力を抜け。
どうせ俺の話なんて聞いてなかったんだろ」

苦笑いする迫田さんに本来の目的を思い出す。
そうだ、私はこれから迫田さんの恋人としてご家族に紹介されるのだ。

あくまでも彼の一時的な恋人で、これが終われば私達はまた他人にもどるのだ。

胸なんてときめくはずなんてない…。これは…気のせい、そう、迫田さんの言うように、これからのことにただ緊張しているだけ。

この胸の疼きは単なる緊張だ。