「くそっ!」

日本に帰国した俺は、やけになっていた。会社のあるオフィスビルの上層階にある会員制VIPバーで、相楽相手に管を巻いていた。

俺の帰国を聞きつけたここによく集う飲み仲間たちが、見合い話という笑えない話を酒の肴にしたくて俺たちはいつの間にか取り囲まれていた。

「ついに迫田さんも年貢の納めどきか」

「お相手はあのご令嬢だろ?
才色兼備で10も下。若いしいいじゃないか」

冷やかす声にグラスをあけるスピードがます。

「おい、ほどほどにしろ。
二日酔いで明日いくつもりか」

相楽がため息をついて俺のグラスをとりあげた。
そんなとき、背後でカラカラ笑うじいさんの声が聞こえた。

「なんだなんだ、しばらく姿が見えんと思ってたら、ずいぶん辛気くさい顔をして飲んでるじゃないか」

肩を叩かれ振り向くと、いつの間に店に来たのか泰造さんが立っていた。
そうだ、俺がなかなか彼女に近づけないでいる全ての元凶はこのクソジジィのせいだ。

くそ婆ぁにクソジジィ、二人して俺の恋路を邪魔しやがって!
馬に蹴られてとっととくたばっちまえ!

相楽の手からグラスを奪い返し、再び酒をぐいっと煽る俺の隣に腰かけた泰造さんは、俺たちの輪に加わりとんでもない爆弾を投下した。

「最近どうも胃腸の具合がわるくてな。
どうやら俺はそんなに長くはないらしい。
俺がいるうちに、朋葉に家族を作りたい。

今まで悪い虫がつかないようにしてきたが、もういっさいの邪魔はしない。
早い者勝ちだ!
朋葉を嫁にやるぞ!」


はっ!?

ふざけんなよクソジジィ!!!

怒りでグラスが割れるんじゃないかと思うほど、力一杯グラスを握る俺の周りで、朋葉を狙う奴等が歓声をあげて小躍りしている。

最悪最低のタイミングだ。


「…帰るっ」

むすっとして腰をあげかけた俺に、泰造さんが耳打ちした。

「明日あの屋上庭園が会場なんだって?」

どこまで俺の苛立ちを煽ればきがすむんだ!
鋭い目で睨み付けた俺の胸ぐらをつかんだ泰造さんは

「おい、若造のくせに俺にそんな目を向けるのは百万年早い!」

泰造さんのドスのきいた声と、俺以上に鋭い視線に射ぬかれ背中に冷や汗がながれおちる。

「明日の朝6時。

庭園の手入れを頼まれていて6時から屋上にいる。

俺は明日の朝は腰が痛くて動けなくなる予定だ。

屋上には朋葉一人しかいない。

チャンスは与えた。

生かすも殺すもお前しだいだ。

最悪な状況を切り抜けられないやつには大事な孫は任せられんからな」


そうして俺は微かなチャンスを掴み取った。